きらきら目眩
「出た……」
「おう。いや、服着なさい」
「酒買ってくる」
「相当参ってんな、こりゃ」
「下着つけてるじゃん」
「しかも遅延してるときた。どうしたもんかね」
一人でシャワーを浴びた後、リビングでコーヒーを飲みながらテレビを見ている男の姿に動揺する。どれだけ平静を装おうとも、この男には気づかれてしまうだろう。それが精神的負荷に拍車をかける一因となっている。部屋着風呂場に持っていっただろだのなんだの言いながら、男がリビングを出ていく。どうにか椅子に座り、のろのろと煙草に手を伸ばす。鈍い痛みと全身の気だるさ。そもそもが寝不足の二日酔いなのだ、寝なければ解決しない。酒を飲むなど論外だ。煙をゆっくり吐き出したところで男が戻ってきて、部屋着を差し出した。煙草を灰皿に置き、それを受け取る。
「俺が出るまでに帰ってこいよ」
「そのままいなくなっちゃうかも」
「じゃ、閉じ込めちゃおうかな」
「めんどくさい個性だなーもう」
「はは、ま、好きにしてくれ。帰ってくることをおすすめするけどな」
私が返事をする前に、男は浴室に向かった。大体、十分二十分で行けるところなんて限られる。帰ってこない私を探してくれるという展開も、愉快だけれど。
吸い終わってから服を着、外に出る。呪縛のうまい男だ、と思う。個性は人格に影響する。ただの遺伝だろうが、世間ではよく言われることだ。どんな個性を持っているかで幼少期の環境は変わるし、それはどのような人間になるかに大きく影響を与える、らしい。雨が降っている。私は念動力を持って生まれたからめんどくさがりになった。透視を持って生まれたから、あらゆるものの中身に興味がなくなった(だから下着でいたというわけではないが)。人間の思考とか、中身の見えないものは別として。階段を下りながら傘を開き、雨音を聞く。あ、サングラス忘れた。まあいいか……。
気圧も頭痛の原因の一つだろう。乾ききっていない髪に傘の隙間から雨粒が当たる。ほとんどずっと酔っぱらっているので分からないけれど。一度ちゃんと酒を抜くべきなんだろうな。私も母みたいに楽しい人間なら、こんなに酒に溺れることもなかったのに。
コンビニに辿り着くと、胃が空腹を訴えた。確か最後に吐いたのはこのコンビニで、それから四時間以上経過している。そりゃ腹も減るわなと思いおにぎりを二つ選ぶ。それから、缶ビールを二本。
呪縛。
呪い、縛る。他の人間に対してどうだかは知らないが、私に関してはどう言えば言うことを聞くのか、反抗するのか、喜ぶのか、あいつは分かっている。私が分かりやすいというのももちろんあるだろう。相性が悪い。火と水だ。どう頑張っても、あいつには勝てない。勝つことがあったとして、たぶんそれは負けてくれているだけだ。別に、勝ち負けの問題ではないが。
コンビニを出ると、曲がり角の先に猫がいた。私に気づいたせいか、じっとこちらを見たまま静止している。目を合わせたまま曲がり角まで歩く。真っ直ぐ行けば猫は逃げるだろう。その場にしゃがみ、ポケットからスマホを取り出す。
「あ」
シャッターを切る瞬間に猫は逃げてしまった。写ってはいるが、かなりぶれている。仕方なく立ち上がり、男の家に戻った。
ドアを開けたタイミングで、洗面所のドアも開いた。出てきた男と目が合う。
「おかえり」
「ただいま」
勝ち誇らないからこそ、私は負けた心地になるのだ。
「猫いた」
「ああ、よくいるな」
男に続いてリビングに入る。風呂上がりの柔らかいにおいで部屋が満たされていく。テーブルにコンビニの袋を置き、つけっぱなしだったテレビに目をやった。六時十五分。木曜日らしい。
「飯? 俺の分ある?」
「ない」
「ひでえ」
「コンビニで気づいたから……電話してもしょうがないし」
「そりゃそうだ」
「てか何。あれ? あ、ごめん」
「なんだ、どうした」
「いや、なんでもない」
意図せず透視してしまったらしく、男の部屋着のポケットに圧縮された玉が入っているのが見えた。先ほどまで昨日私を迎えにきた時の恰好をしていたので、今わざわざ入れたものだろう。別に中身がなんであってもいいが、勝手に見たことに罪悪感が湧く。男は特に気にならなかったらしく、何も追及せず椅子に座った。ほっとして私も向かいに座り、袋からおにぎりと缶ビールを取り出す。
「今日涼しいな」
「ほんとだ」
「降ってた?」
「うん」
天気予報を見ながら他愛ない会話をする。缶を開けると景気のいい音が部屋に響く。
「どっちも私のだけどかんぱーい」
「といると俺まで飲みたくなっちまう」
「飲めばいいのに。これは私のだけど」
「分かった分かった」
全然酒なんて飲みたくないはずが、口をつけるとするすると入ってくる。中毒というのはどうしようもない。一気に半分ほど流し込んでから、一度缶を置いておにぎりの袋を破った。
「お前、夜時間ある?」
「え、なに? あるけど」
「ドライブでもしようぜ。たまには俺の運転で」
「デートじゃん」
「そうだよ」
「そうなのかよ」
「他にないだろ」
ないことはないだろと思いつつ、おにぎりをかじる。具が遠い。
俺の運転とは言うが、持っていないのだから車は私が盗むことになる。塩気のある白米を飲み込み、ビールを呷る。
「うーん」
「なに?」
「最近すごい盗んでるからなあ、車」
「これ、なんだと思う?」
男がどこからか玉を取り出し、中指と人差し指の間に挟む。
「……車?」
「おじさん久々に頑張っちゃったよ」
「マジ? 盗んだの? どこのやつ?」
「それは見てのお楽しみってことで」
「絶対高級車じゃん」
「さぁ、どうかな。ついでにナンバーも付け替えといた」
「嘘でしょ?! バカ?」
「おいおい、ちったぁ優しくしてくれよ」
「やることの規模がさあ」
「ちっちゃいことはしないんだよ、俺は」
そういえばそんなことを言われたような。ナンバープレートをどこで入手したのだか知らないが、それなら途中で乗り捨てるなんて工作をする必要はなくなる。
「一人にする気がないわけ」
「ねえな」
「清々しいな」
「分かりやすくていいだろ?」
「あんたが分かりやすかったことは一度もないけど」
「ま、そうかもな」
こうしている間にも定められた期限は近づいている。一日というのがきっちり二十四時間後なのか男のさじ加減で変動するのかも分かっていない。とにかく、それまで一人にはしてくれないらしい。帰ろうと思えば帰れるが、今より面倒なことになるのは目に見えている。
男は手の中で弄んでいた玉をどこかにやった。手つきが鮮やかすぎて、透視を使わずに見破ることはできない。
「デートしてくれる? お姫様」
缶の中身を飲み干し、差し出された手のひらを見る。さぞかし愉快だろう。自分でも、不満と歓喜の混ざった表情をしているのが分かる。腹立たしかったので、食べかけのおにぎりをそこに置いてやった。