どろりと濁る
私とシャルナークさんの間には食事と他愛ない会話だけがある。素性(という表現が正しいのかは分からないが)を知らない相手であることを除けば穏やかで正常な付き合いと言えた。そして私にとってシャルナークさんが何をしている人であるか、何歳でどこに住んでいるかなどの情報は重要ではなかった。
「?」
「はい?」
「どうかした?」
「いえ、すみません」
「、人から真面目って言われない?」
「言われます」
「あはは」
情報自体は重要でなくとも、会話において聞いてはいけないことが多いのは困りものである。正真正銘の雑談。しかし向こうからの問いには答えている。その不公平さは少しだけ問題だ。
前回よりも多少ランクが上であろう店で、隣には前回と同じ彼がいる。とろりとしたオレンジ色の液体は口に含むと甘さを主張する。これは私には少し甘すぎる。同じタイミングでグラスを置く音がして、何気なく伺うと彼もこちらを見た。私はこの人の目が苦手だと毎回思う。冷たいような、熱いような、複雑な緑。
「おかしなこともあるものですね」
「え?」
予想外という表情で軽く首を傾げた彼から、窓の外へ視線を移す。遠くに濁った雲が浮かんでいた。夜は降るかもしれない。たぶん、降らないのだけど。
「二回も食事に行くことになるとは思いませんでした」
「常連同士ってだけなのに?」
「ええ」
「よくあることだよ」
「そうですか?」
「そうでもないけど」
「どっちですか」
「時と場合によってはよくある」
「……それは……」
よくある、と言うのだろうか。時と場合によってはよくある。回りくどい言い方だ。けれど彼はそれ以上説明する気がないようで、再びグラスを持ち上げた。いや、回りくどい、というか、含みがあるのだ。わざとそういう言い方をしたのか、なってしまっただけなのかは分からないが、彼のことだから私がそう考えることは理解しているだろう。
店員が皿を下げて戻っていく。沈黙が明確に破られ、彼はわざとらしくため息を吐いた。
「世の中知らない方がいいこともあるって言うだろ?」
「ええ」
「俺それの塊みたいなもんだからさ。痛い目見るのは君の方なんだよね」
「何が目的なんですか?」
「俺の話聞いてた?」
「なるほど」
初めから目的があって話しかけてきたらしい。しかし私に接触する目的など思いつかない。今までの会話からすると会社のこと? うちの会社のことを知りたいとなるとライバル会社の社員というのが妥当だが、それはないだろう。私の知っている限りこの界隈でいきなり海外出張させられる会社などないし、そもそもシャルナークさんが普通の会社員をやっているようには見えない。
「なんてね」
彼が小さく呟く。思わずそちらを見るが目は合わず、ただグラスを空にする彼の横顔だけがあった。白い肌だ。そしてかわいらしい顔、二重瞼、私の苦手な緑……ああ、この人の違和感はそこにある。外見は全てかみ合っているのに、瞳だけが不相応なのだ。なんてね、というのはきっと記号でしかない。
「また行くよ」
「……ええ。ぜひ」
深入りしてはいけない人である。もちろん……。
どんよりとした空には先ほど見たような濁った雲が薄っすら広がっている。グラスを置き、彼に続いて席を立つ。