赤はどこかに甘みを隠して

 結果的に言えば映画自体は特別つまらなくも面白くもなかった。ただシリーズものだったので前作までの知識がなかったためにそう感じたのだろう。同じく初めて見たという彼もそのようなことを言っていた。

「シリーズものって大抵三つ目から駄目になるけど、あれはどうなんだろうね。ていうか何作目なの?」
「五作目だったはずですよ。三作目よりはいい出来って程度のような気がしますけど」
「あーそんな感じするな」

 映画館を出るため歩きながらそんな会話を交わす。それにしてもこういうところのコーヒーはおいしくない。分かりきっていることなので文句は言わないが、家にある安いインスタントの方がマシだ。いつもならジンジャーエールでも頼むのに今日はどうしてコーヒーにしてしまったのだろうと考えて、思い当たる。……同じものでなんて今までの私では考えられない発言だ。
 外に出ると彼は大きく伸びをした。こうして見るとしっかりした男性の体だ。彼が立ち止まりこちらを見る。

「行きたい店とかある?」
「お任せしても?」
「あはは。苦手なものは?」
「食べられないものはないです」
「分かった」

 再び歩き始めた彼の背を追う。八時前。駅前は人通りが多くにぎわっている。ふと顔を道路の向こうに向けると見慣れた二人組がいて思わず目をそらす。その先でいつの間にか隣に並んでいた彼の視線につかまった。

「どうかした?」
「……いえ、会社の人間がいたもので」
「ああ。俺といるの見られたらからかわれる?」
「それは、まあ……どうでしょう」

 見えたのは同輩の女子二人だ。私の交友関係がそれなりに広いことを知られているのでからかわれはしないだろうが、事実を伝えれば驚かれるはずだ。喫茶店でたまに顔を見かけるだけの人間を気に入ってしまうというのも、その男と映画を見て夕飯まで一緒に食べるというのもおかしい。
 そしてたどり着いたのは知ってはいたが入ったことのなかったレストランだった。なんだか意外だ。もっと隠れ家のような店を好んでいるかと思ったのだけれど。

「飲むよね?」
「あ、はい。じゃあ赤で……そちらは?」
「うーん、俺もワイン飲もうかな」

 そう言ってお冷を口に含む。なんでも飲めるがという口ぶりだ。メニューを見る顔を見ていると彼がそれに気づいて私を見た。今度は焦ることなく彼の反応を待つことができる。

「俺の顔そんなに面白い?」
「端正だと思います」
「はは、よく言われる」
「そうでしょうね」

 一瞬目を細めるようにしてから、彼はまた笑った。そういう間を見たのは初めてだったが、認識していなかっただけでこれまでにもあったかもしれない。これがこの人への違和感に繋がっているのだろうか。……違和感。


 ほどよく酔いが回っている。アルコールによる熱があまり顔に出ない性質ではあるが、そもそもこの程度では何の影響もないだろう。

「ここ、おいしいですね」
「よかった。君おいしいもの食べ慣れてそうだと思ったから、心配だったんだよね」
「そうでもないですよ」
「じゃあまた来よう」
「……ここにですか?」
「ここじゃなくてもいいよ」

 まさか今そんな話が出るとは。グラスに口をつける。どこでもいいからまた夕飯をということだろうか。彼は微笑んでこちらを見ている。

「それでしたら、とりあえずお名前を伺ってもいいですか」
「ああ、そうか。シャルナーク、よろしく」
と言います。こちらこそ」
「そういえば会社はこのへんって言ってたけど、家は?」
「家も徒歩圏内です」
「へえ、いいね」
「おかげ様で、喫茶店とランチのおいしいお店には詳しいですよ」
「ランチはいつも会社の人たちと?」
「ええ、大抵は」

 答えると彼は頬を緩ませる。あまりそういう交流のない職場なのだろうか。つられて飲んだワインは少し味が変わってしまっていて、そろそろワイン以外も飲もうかと思う。すぐ味が変わるのは酒に強くない体にとっては悲しむべきことだ。
 てっきり連絡先を聞かれるものだと思っていたが、そんなこともなく、会話が途切れる。本当に何が目的なのか分からない。……次があるとしてそれは、あの店で会う時なのだろうか。

 店を出て、駅までついていく。どうせ家は駅の向こう側だしそれは構わない。
 しかしこのシャルナークという人は、加減が他人と違うように感じる。他のナンパを対処したことがないので分からないが、男友達や彼氏との経験だけで言えば、家が近くだと知ったら送るというようなセリフが出てくるのが普通だ。初対面の人間に家の場所まで知られたくはないので、好都合ではあるけれど。

「次はいつになるかなあ」
「お仕事頑張ってください」
「あはは、楽しんでくるよ。じゃあね、
「ありがとうございました。また今度」

 彼が手を上げて、駅の中へ体を向ける。なんとなくその先を見ない方がいい気がして、私も家への道を歩き出した。