馬鹿みたいに甘かった
ドアが大きな音を立てて閉まる。半歩ほど前を歩く男の腕を視界に入れ、こうして二人で出かけるというのは初めてだと気づく。そもそも外で会うことがあまりない。
「リシオアが一番近いかな」
「ええ、恐らく」
私が返事をしてから男が振り返り、首を傾げるようにする。一度目が合うがすぐ視線が移動したので、どうやら髪を見ているらしいと分かる。
「かわいいね。その髪型」
「自画自賛ですか?」
「君に似合うものが分かって嬉しいよ」
「私も嬉しいです」
敷地を出てからも男は迷いなく歩き続ける。普段歩いてきているのだろうか。私はと言えばほとんど一人で外出することがない上に久しくこのあたりを歩いていなかったので、ただついていくことしかできない。段々と思い出していくけれど、いきなり一人で歩けと言われても分からなかったかもしれない。
駅までは歩いて二十分ほどだっただろうか。十分ほど歩いたあたりでようやく車の多い通りに出る。前から来た人を避けると彼の腕にぶつかってしまう。人が通った後彼を見上げた。
「ごめんなさい」
「手、繋ごうか?」
「その必要がありますか?」
「せっかくのデートじゃないか」
「デートですか。まあ、そうですね」
差し出された手に自分の手を置くと彼は喉を鳴らして笑う。別にデートでなくとも手ぐらい繋いでいるのに、デートという言葉を出したかったのだろうか。
奇抜な格好の男は人目を集めている。それは店に入ってからも同じだった。一般人でなくともこの風貌は目を引くだろうなと思う。一緒にいる人間が注目されやすいということ自体に対する嫌悪は特にないが、この男は私と同じで暗殺向きではない。性格の問題もあるだろうけれど。
注文し終わり肘をつく彼と目が合う。その一瞬で手元にトランプが現れていて少し驚いた。本当に隙を見せたがらない男だ。意識を絡め取られそうになる。淀みなくシャッフルされるトランプ。そこから視線を戻し、片目で彼を捉える。
「この間君が殺した彼」
「はい」
「よかったのかい?」
「ええ」
「いずれ彼のことも殺しちゃうよ」
「それがどうかしましたか?」
「君は根っからの殺人鬼だ」
「あなたでしょう、それは」
「へえ、君は違うの?」
なら、どうして殺したりしたんだい?
言外にそう聞いてくる目を私は避けたくてたまらない。けれど勝手に顔が笑顔を作ってしまう。彼が徐にトランプの束から一枚抜き取り、真っ直ぐ眼帯に向かって飛ばした。刺さる前にそれを指で受け止める。クローバーのクイーン。
「僕には人を殺すのが楽しくて仕方ないように見えたけどな」
「楽しくないとは言いませんよ。でも、楽しいから殺すのではありません」
「仕事だから?」
「ええ」
「くっくっく。依頼主を殺す仕事ねえ」
「あれは不可抗力です。それに、放っておいても彼は死にました」
「けど、止めを刺したのは君だ」
「ヒソカさんに、デュカキスを殺した件が何か関係あるんですか?」
「君の許婚に興味があってね」
「驚きました。あなたがそこまで調べるとは」
「あれに君はもったいないよ」
「どうでしょうね。私に彼はもったいないという意見が一般的かと思いますけれど」
紅茶が運ばれてきて、それぞれの前に置かれる。タイミングを逃して指の間に挟んだままだったトランプに目をやり、テーブルに置いた。店員が去っていく。彼の指がカップの持ち手にかかる。この人の肉は硬いのだろうな。
「それはあげる」
「あら、いいんですか?」
「彼を殺すんだろう?」
「ふふ。嫌な人ですね」
「その場にいなかったのが残念だよ」
視線を上げる。彼が笑っている。デュカキスのことなどどうでもいいに決まっているじゃないか。紅茶を口に含んでから、砂糖を入れ忘れていたことに気づく。沈黙が場を支配する前にケーキを持った店員が現れる。
店員がいなくなった時には彼の雰囲気はすっかり元に戻ってしまっていた。大きく態度が変わっていたわけではない。しかし確実に、得物を見る目だった、と思う。私はこの人に得物として見られている。口角が上がるのが分かる。手を口元に当てると、彼の笑みも深くなった。よくない兆候だ。
絶対に自分を殺すことのできる人間にそんな目で見られては。
「ねえヒソカさん」
「なんだい、」
「私、あなたに出会えてよかったです」
「僕もだよ」
「ふふ」
フォークがタルト生地に深く突き刺さる。その拍子に転がったブルーベリーは皿の上のソースに絡め取られる。
「ブルーベリーって目にいいんだよ」
「そうらしいですね」
「君には関係ない話だったかな」
「そうでもないですよ」
何もかも分かっているのだろう。もしかしたら、能力のことも。まさか外の人間に調べられてしまうとは思っていなかった。消し方が甘かったのか、この男が超人的なのか、そういう仕事をしている人間に頼んだか。
「僕らは似たもの同士だ」
──あなたは私と同じなのですよ。
ぷちんと皮の破れる音と共に、口の中に酸味が広がる。