罪を選び続ける瞳
デュカキスに渡された招待状を見せ、会場に足を踏み入れる。あまりこういう場には慣れていないし興味もない。来たばかりではあるが帰りたくなってきた。私のように一人でここに来ている人間は珍しいらしく、すれ違う人間に好奇の目を向けられる。これは眼帯を隠してきて正解だったかもれない。デュカキスの言う通り名が知れてきているようなので、外見から殺し屋だと判断されては仕事に差し支える可能性がある。
「の娘じゃないか」
ターゲットを確認しつつ適当に歩いている時不意に耳に飛び込んできた名前に振り向くと、一人の男と目が合う。知り合いだっただろうか。とりあえず微笑みを返したところでデュカキスがその男の後ろから顔を出して、あ、と漏らしたので理解した。なるほどやはり、私が請け負ったことを父親には知らせていなかったらしい。息子の反応を見たデュカキス氏の表情がわずかに硬くなる。知らない人間のフリをしておこう、と思い私は彼らを無視して再び歩き始めた。
私は何も騒ぎを大きくするつもりはない。ただ地味に殺すというのには能力的にも性格的にも向いていないので今まで潜入は請け負ってこなかったのだ。別に今回も地味に殺さなくて構わないし、騒ぎが大きくなること自体はむしろ好ましいのだが、大事な依頼人が死んでしまうと困る。金のなる木はいくら用意しておいても無駄ではない。
開始時間が近くなったので招待状に書かれていた席に落ち着く。ターゲット周辺は全員一般人だったが、何人か念能力者がいる。富豪の護衛だろう。彼らの目につくと厄介なので仕方なく目を置いておく。私の姿を誤魔化すのはこれが一番手っ取り早い。
ざわめきが完全に消える前にケータイが鳴る。非通知。隣に座っていた男がこちらを見て、注意を促すような目をした。会釈をして立ち上がり窓際で電話に出る。
「もしもし」
『やあ。お仕事は順調かい?』
「……順調ですが、ヒソカさんですか?」
『くっく、楽しみだ。じゃあね』
一方的に切られた電話にしばし窓の外を見つめる。一体どういうことだ。彼は私が今仕事中だと分かっていて電話をしてきたのだろう。だからこそ出てきた言葉だ。楽しみだ、とは私の戦いぶりのことだろうか。
『はい、アレクでございます』
「変わりありませんか?」
『特にこれといった事態は起きていないように思われます』
「そうですか。何かあればすぐに帰ってくださいね」
『承知しております』
デュカキス親子にも特に変わりはなさそうだ。席に戻りステージの方を見る。そして、扉が閉まる音が響く。
滞りなく対象を殺害することができた、そこまではよかった。今になって会場は混乱し始め、マフィアたちは銃を取り出し、富豪たちは慌てふためき、念能力者たちはそれぞれに武器を構えている。扉を開けろとわめく彼らに警備の人間も困惑しているようだ。この広い会場で事態を正しく把握している人間はどれだけいるのだろう。
その時マフィアの一人が発砲した。ドアに穴が開き、悲鳴が上がる。しかし、それ以上に彼らを混乱させることが起きる。
「お待たせ、お姫様」
一瞬だった。
目に映るのは血液。そして一昨日見たばかりの笑顔。
「こんばんは」
「君の依頼主はこれかな?」
「いえ。あなたは何をしに来たのですか?」
「僕もお仕事さ。さぼるつもりだったんだけど、ここなら君が来るかもしれないと思ってね」
突然場に乗り込んできた数人の能力者は次々に会場を血で染めていく。ああ、せっかくそれなりに大人しく任務を遂行したっていうのに。その様子を横目で見ながら男と会話をする。男の指先からぶら下げられていた生首は重力に従って床に落ちる。そういえば、彼らは逃げたのだろうか。
「またターゲットを横取りしに来たのかと思いました」
「ちゃんと待ってあげたじゃないか」
「待てができるんですね」
「君のためならね」
「ヒソカ! さぼってんじゃねーぞ」
「君たちだけでいいだろう? 僕は帰るよ」
「ああ?!」
「行こうか、」
「あら、家に来てくれるんですか?」
「……!」
手を引かれ会場を後にしようとした私に、悲痛な声が降りかかる。見ればデュカキスが撃たれた腕を押さえながらテーブルの下にうずくまっていた。その横には父親と、知らない子供が血まみれの状態で横たわっている。
「助けてくれ。金は払うから……父上も弟もまだ」
「君の知り合いかい?」
「あれが依頼主ですよ」
「なんだって殺人鬼なんかと……! 僕は、」
「助けてほしいみたいだよ」
「そうですね」
彼は何かわめいているが私の知ったことではない。デュカキスは、興味なさそうに自分を指さしたヒソカさんに鋭い視線を投げつける。私が笑みを向ければその顔は一変し、命を惜しむ人間の目になった。
かわいそうに。
「あなた、本当にお馬鹿さんですね」
「え……」
「今までありがとうございました」
そんなに距離があったわけでもないので、服に少しだけ血が飛んでしまった。これくらいなら大丈夫だろうが、口うるさい使用人の顔を思い出してため息を吐く。
「もう一回見たいなあ」
「駄目です」
「残念。その格好で戦う君を見たかったんだけど」
「いつもの格好でよかったかもしれませんね」
ここまで短時間だとは思っていなかった。会場から出るといくつもの車が集まってきているのが分かる。マフィアというのは行動力があって羨ましい。繋いでいた手を離し、鞄からケータイを取り出す。何の連絡も来ていないので近くにいるだろう。端に寄せたのかもしれない。元々停めてあった場所に行くとすぐにこちらに一台の車が向かってきた。
「便利だねえ」
「本当に」
運転席から降りてきた彼はヒソカさんの姿を認めると一度私を見て、それから後部座席のドアを開けた。
「デュカキスの息子が死にました」
「……ご愁傷様です」
「あなた、あれを嫌っていたでしょう」
「多少は」
「致し方のないことですからね」
「その通りでございます」
発進した車内、隣に座った男はその体躯のせいで窮屈そうだ。見ていると男がこちらを向いて、私の頬を撫でた。その手には乾ききっていない血液が付着していて、臭いが鼻につく。あの程度でも男の熱を引かせることができたのだから儲けものだ。
車は静かに、来た道を帰っていく。