帰ろう、すべてと、あの場所へ

 意外と多くの部下に恵まれているのだなと他人事のように考える。しかし私の敵ではない。私の……全力で相手するまでもない程度だ。

「警戒心が強いんですね」
「獣とは獰猛なものだ。こちらに来たまえ」

 獣とは。まさしく死んでいった男のことだ。そういえば父となんの繋がりがあったのかも分からなかった。促されるままソファーに座り、一度室内を見渡す。私の後ろに三人、ドアの外に二人、キツォスの後ろに五人。館内にはまだ多くの構成員がいる。私を、獣を本当に警戒しているのならこれでは足りない。いや私の感覚が麻痺しているだけか? オーラが足りないから、ちゃんと理解できていないだけか?
 キツォスは口の端を上げ、唇から顎にかけて残っている大きな傷跡を撫でた。こうして見ると随分人相が悪い。

「しかし君がそこまで素直とはね、望外なことだ」
「私は嘘や偽りが嫌いです。それで、本題に入ってもよろしいですか?」
「さて。君は元に戻った後、逃げるつもりだろう?」
「そう思ったからこのような状況にしたんでしょう。つまりあなたは逃がす気がない」
「そうだとも。君にはやってもらいたいことが山ほどある」
「欲張りですね。過ぎた傲慢は身を滅ぼしますよ」
「ほう、君がそれを言うかね」
「事実です。どうやって私が逃げないと証明するつもりですか?」
「実は私にはもう一つ能力があってね。もちろん、想像の範囲内だと思うが」

 男が言い終わったタイミングで私は私の後ろに立っていた三人を撃ち殺した。トリガー部分を指にかけて銃を回す。そのまま男の周囲にそれを向ければ空気が変わった。ボス、という叫び声と共にドアが開き、外にいた二人が銃を構えて入ってくる。男はそれを手で制し、笑みを深めた。

。惨めだな」
「なんとでも」
「オーラを使えないと銃に頼るか」
「あなたは戦闘能力がほとんどありませんね。そして念能力者はこの屋敷にあなた一人。装備はこれで充分です」
「ほう。私の能力が戦闘向きではないと?」
「ええ。あなた操作系能力者でしょう? そして主な能力はダビドに使用したもの。そうするともう一つは単純な操作能力のはずです。そもそも念能力者でもない構成員をこれだけ従えて、私に対して意味があると思いましたか?」

 男の手が再び口元に伸びる。どうやら図星らしい。ここまでは予定通りだ。予定は未定だと思いながら来たが、こうも自身の得た情報が正しいと多少嬉しくなる。一応男の手元を見るが特に何も行おうとはしていない。部屋が妙な沈黙で埋まりそうに思う。男がため息を吐きながらテーブルの上にあった煙草の箱を取る。

「少しは賢くなったようだ」
「おかげさまで。能力を解除する気になりましたか」
「昔話をしよう」
「……いいでしょう。では先に解除してください」
「逃げてしまうと分かっていてそれを選択するわけがない」
「昔話とやらの間は帰りませんよ。約束します」
「嘘偽りを嫌うか……」

 男の吐き出した煙がまっすぐ伸びた後消えていく。それから構成員に指示を出し、部屋を無人にした。

「私も嘘は嫌いでね」

 視線がゆっくりこちらを向く。今度は笑みを浮かべていない。何を今さらと思うが、もしかしたらこの男は嘘は言っていなかったのかもしれない。男の様子に私は銃をしまい、襟元を正す。

「解除しよう。右手を出したまえ」
「ええ」
で間違いないな?」
「間違いありません」

 キツォスの右手が握手するように私の手を包む。乾いている、年齢を重ねてきた人間の手のひらだ。

「君を呪縛した男の名は、ダビド=ソウトゥーリョ。あれが本名だ。復唱したまえ」
「……ダビド=ソウトゥーリョ?」
「あれは私の能力を知って接触してきた、の熱心なファンだよ。君について詳しかったのはそのせいだ」
「なるほど。迷惑な話ですね」
「そして能力者の名前はキツォス=カラマンリス。解除するよう君が命じてくれ」
「キツォス=カラマンリス……能力を解除してください」
「最後のステップだ。これを」

 灰皿に立てかけられていた煙草を差し出される。吸えということか。私は煙草を吸ったことなどないが。

「口をつけるだけでも構わない」
「分かりました」

 空いている方の手でそれを受け取り、吸い口に唇をつける。なんとなく吸い込んでみると煙のせいでむせてしまった。キツォスの表情がふっと緩む。

「不良少女か」
「……いいでしょう」
「それでは履行する。呪縛を解こう」

 返した煙草を一吸いし、煙を細く吐き出していく。細く、細く、私を囲むほどに、細長く。

「この能力の要は名前と、口づけ、そして煙だ」

 男がそう言うと、ようやく自分の体に力が戻ってきたような気がした。いや、間違いない。思わず男を伺うと目が合い、そのまま数秒見つめられる。確かに今は嘘を吐いていないようだ。ゆっくりと手が離れていく。試しに目玉を出してみると、懐かしい気配がした。これが私の仲間たちだ。解除に使った煙草をもみ消し、キツォスは次の一本をくわえる。……その手に違和感を覚え、私は彼の全身を見た。

「あなた、まさか……力を失ったのですか」
「まさか。これは所謂呪い返しというやつだ。私が自ら解除をすることになれば、自分の能力にかけられる。次の貸出先が現れるまでな」
「初めに聞いた時も思いましたけど、どうしてそんな扱いにくい能力を? あなたが操作系ならばそこまで重い制約をかける必要はないはずでしょう」
「私にも欲しいものがあった、昔の話だ。それにこの方が性に合っている」
「面倒な性ですね」
「理解できんだろうな。特に君のような人間には」
「私のような人間とは、殺し屋?」
「ああ。殺し屋は大抵効率重視だろう、それこそ君の父上のように」
「……あなた、父と知り合いなんですか?」
「私は、君の母上を恨んでいる。……君には礼を言いたかった」

 つまり父とはそれなりに交流があり、それを殺した母を恨むと同時に、その母を殺した私に感謝したということだろうか。父もなんだかんだ有名人だったらしい。キツォスの手が丁寧に煙草を消す様を見つめる。

「だからこそ……君を手元に置いておきたかったのだ」

 そのまま視線を上に移動させるが、目は合わない。仕方なくまた灰皿に焦点を合わせる。今度はため息が頭上から聞こえた。

「どうして生き急ぐ? あれはまさしく死神だ。君がそれに気づかないとは思えない」
「……私はヒソカさんが好きです。例えそれが破滅への道でも、手放したくない」
「そっくりだな、君……同じように、死神を愛してしまうとは、運命の重みを感じざるを得ないな」

 死神。かつての母であり、今私が好きだと思う、あの男。どうしてあんな狂った女をと思っていたが、父も同じだったのだ。幸せだっただろう。死ぬ瞬間まで、あるいは殺された後も。殺されることで完結するのだ、きっと、全てが。

「老いぼれの昔話に付き合ってくれて礼を言う」
「あなた、そういう態度似合いませんよ」
「手厳しいな全く」
「それでは、私は帰らなければならないので」
「この歳になってまだ失うものがあるとは驚きだ」
「失うのが悪いことだとは限りません」
「二倍以上生きてきた身で言わせてもらえば、思い込みはあまり関心しない」
「あら、思い込みは若さの特権ですよ」
「いつまで若いつもりでいるんだね、君」

 あしらうように返事をするキツォスに思わず笑みが漏れる。立ち上がり、鞄を肩にかけた。体が軽い。戦える、という確信が前を向かせてくれる。

「ごきげんよう、キツォス。話せてよかったです」
「ああ。惜しいがさよならだ」

 そういえばさっき人を殺したんだった、とドアの前に立ってから思い出す。緩みっぱなしだ、頬なんて。何を傷つくこともない。
 そして、私は帰路につく。