偽りの罰

 寝転がったまま手を天井に向け、手の甲を見つめる。試しに目玉を出してみてもやはり昨日よりも減っている。重力に従って腕をベッドに落とすと反動で体が揺れた。
 テオファニス=デュカキス。奥方。父親。弟。ダビド=ソウトゥーリョ。……そして、アレクシオス。一つずつ私は何かを剥がされていったのだ。もしかしたら、あの女の時も。それは失ってからでなくては分からないもの、そして取り戻すことのできないもの。不毛だ。
 見かけた虫を確実に殺すようになったのは何歳の頃だったろう。それから蛙、蛇、鼠、野良猫……。そうして私は躊躇いなく人殺しをできる子供に成長した。ならばいつ疑問を抱くようになったのか。どうしてあの女を恐れていたのか。思い出せないし、思い出したくもない。背中に触れていた手の感触に肌が粟立つ。

 キツォスは能力について話していたがあれが全て本当だとはとても思えない。いや、他にもあると言った方が正しいか。今分かっていることは、キツォス本人は解除しかできないということ、目的が弱体化であるということ、恐らく能力の対象になった人間の居場所が分かるということ。もしかしたら、キツォスが能力を貸した人間が死ぬとキツォスが把握できるようになっているかもしれない。
 私がヒソカさんを殺せば、デュカキスの件をなかったことにすると言いたいのだろう。今となっては能力の解除も懸かっている。オーラが元通りになれば今まで通り人殺しをできるし、ヒソカさんを殺せる可能性もゼロではなくなる。しかしそのためにあの男の言いなりになるのは嫌だ。……あなたなら、どうする? 問いかけても答える者はいない。私はため息を吐いてベッドわきの電気を消す。

 目が覚めてベッドから起き上がり、リビングに行く。ちょうど日が昇る頃で部屋がオレンジに染まっていた。夕方と錯覚してしまいそうだ。紅茶を淹れるためにキッチンに立つ。カップを取り出してからふと思う。彼の気配があるが、寝ているのだろうか。よく考えたら私は彼が寝ているところを見たことがない。
 そしてなんとなく入らないでいた部屋のドアを開けると、ベッドが人間のふくらみを持っている。きっと気づかれているだろうが、ゆっくり近づき、枕元に腰掛けた。反対側を向いていた彼がこちらに顔を向ける。

「寝込みを襲うなんて、感心しないな」
「あら、寝ていたんですか?」
「もちろん」

 体を起こした彼に背後から抱きしめられる。眠いのだろうかと思いされるがままにしていると、彼が、と言う。

「はい」
「まだ迷っているのかい?」
「ええ、まあ」
「君なら、能力を外させた後ここに戻ってくることくらいできるだろう。彼の手となって僕を殺しに来ることもね」
「分かっています」
「どっちも嫌なんだね」
「……そうかもしれないですね」
「君は優しいねえ」
「私はあなたを殺すと言いました。それを撤回することはできません。でも……」

 言葉に詰まる。彼の腕がほどかれ、追うように彼を見る。目が合うとやはり彼は微笑んで私の頬を撫でた。
 ああこの人が好きだ。どうしようもない程に、この狂った男のことが。だから私は逆らえない。絶対に。

「元に戻ったら帰っておいで。楽しみにしてるよ」