愛を騙る
「私、彼に会ってきます」
「そう。いってらっしゃい」
「甘いものを用意しておいてください」
「はいはい、分かったよ」
一日近く眠ったおかげで幾分すっきりした頭は、やはり会いに行くのが手っ取り早いという結論を下した。頭とは裏腹にオーラは減っているのが分かる。靴を履き、両手を握ったり開いたりすると、緊張しているらしいと気づく。名刺の裏側に書いてある住所へ。それを胸ポケットにしまい、私はドアを開けた。
タクシーに乗り、ビル名を告げる。それから私は名刺にあった電話番号を呼び出し、意味はないかもしれないが非通知にしてからかける。電話は、すぐに繋がった。
『私だ』
しかしそこから聞こえた声に、一瞬、思考が固まる。まさか。
「……あなた、キツォス?」
『君はか? そちらからかけておいてなんだねそれは』
「なるほど。いえ、こちらの話です」
騙された、と思うが、絶望感よりも期待感の方が大きいということに自分でも驚く。ますますあの男に興味が沸いてきた。本当に嘘を吐く人間には碌なのがいない。名刺を眺める。ならばこの住所は?
『何か厄介事に巻き込まれているようだな』
「ええ、まあ」
『この番号は誰から聞いた?』
「ダビドという男です。ダビド=ソウトゥーリョ、偽名でしょうけど、ご存じですか?」
『ほう。私の忠告は役に立たなかったと見える』
「……憑りつかれるとは、あの男のこと?」
『私用車か?』
「え? タクシーですけど」
『すぐに降りたまえ。今度は忠告を役立ててもらいたいものだ』
はっと顔を上げると赤信号のまま走らせようとする運転手。まずい。トラック。反射的にドアに手をかけ、自分に目玉の尾を巻きつける。銃を向けても反応がない。ああ、もう、なんだってこんなことになっているんだ? ため息を吐いて私はドアを開け、そこから飛び出した。
よかった。これはもっとオーラが減っていたら、無傷ではいられなかったかもしれない。車の行く末を見送ってからケータイを耳に当てると、くつくつと喉を鳴らすのが聞こえる。
「何か知っているんでしょう」
『君を愛している男のことなら、充分に』
「教えてください。もし元に戻れたら、護衛くらいしてあげます」
『まあ待ちたまえ君、どこに向かっていたんだね』
「ナフトビルです」
『何をしに』
「ダビドに会いに」
『とんでもない奴だな君は。あれの能力にかかっているのだろう』
「ええ」
『動けばそれだけ消耗するぞ、君。その能力の目的は弱体化。君を殺すことではないのだ。わざわざ会いに行って何になる?』
「逆に聞きますけど、能力をかけられたと分かっていて、それを無視することができますか? 生憎私はそんなに気が長くありません」
『……の剣よ、あの男は厄介だぞ。理解できたらその場から動かないことだ』
「何が言いたいんですか、あなた」
『本部に来たまえ。迎えをやろう』
電話が切れて、ようやく肩の力を抜く。いいのだろうか。このまま私がキツォスの協力の下でダビドの能力をどうにかできたとして、その後に待っているのはヒソカさんを殺すということだ。ダビドとキツォスが手を組んでいたらどうなる? 何が嘘なのか、誰がどこまで嘘を吐いているのか分からない。
……ああ、私は守られてきたんだ。ずっと。
ゆっくりと歩き出す。ここがどこだかは分からないが、タクシーに乗ってからそんなに経っていない。帰れるだろう、きっと。
「」
背後から呼ばれ、はっと振り向けばそこには見慣れた笑顔。どうしてここに。ケータイを閉じてそちらに向き直ると、男の手が私の肩を抱いた。
「帰ろう」
「え」
「殺されちゃうよ?」
「……誰に?」
「くく、君、殺されてもいいの?」
「殺されるつもりはありません」
「こんなに弱いのに。馬鹿だねえ」
「何をしに来たんですか。家にいるって」
風が吹いた。この時間になると既に肌寒く、男のぬくもりを強く感じる。髪を撫でながら男は言う。
「君は僕のおもちゃだろう?」
見つめていれば近づいてくる顔。自然に目を閉じ、冷たい唇を受け止める。背中の何かが熱く疼いて痛いほどだ。ケータイが鳴っている。キツォスだろうか。それともダビド。長い一度をねっとりと終える。
「ほら」
「……え?」
「!」
彼が指さす方を見ると、名前が呼ばれた。……なるほど、このマークには居場所を知らせる意味があるらしい。服の上からヒソカさんの手がなぞる。
「もうそこにいる必要はないだろ?」
「あなたの目的は復讐でしょう」
言葉が重なる。ダビドはちゃんと息を整えると叫ばなくてもいいくらいの場所まで近づいてきて、未だ余裕そうな笑みを浮かべた。ジャンパーのポケットに手を突っ込んだまま隣の彼に目をやる。
「を俺に渡せ」
「んー、君には興味がないからなあ」
「、どうしてキツォスのところに行かなかった?」
「……やっぱりあの人と手を組んでいたんですね」
「あれとは違う。俺はあんたを利用したりしない」
「待ってください。あなた、私に復讐したいんでしょう?」
「俺がいつそんなことを言った?」
「え……だって、そうじゃなければどうしてこんな能力を」
「あんたを愛してるからだ。そんなやつのところには置いておけない」
「んふふ。だってさ、」
「嘘は嫌いです。御託はいいから能力を解除してください」
「駄目だ……! そいつは強い奴が好きなんだろ? そもそもどうして、その状態のをまだ囲っているんだ!」
見る影もない、と思った。昨晩の男とは別人なのではないかと思うほど。余裕は崩れ、ただそのおかげかせいか、言っていることに信憑性が出ている。しかし私を愛しているだって? 笑わせる。
「いい加減にしないと、殺しますよ」
「なんで……、忘れたのか? 俺はあんなに」
「」
「はい?」
「君、嘘は嫌いだろう?」
「ええ。どうしてですか?」
「あんなに嘘まみれなのに、分からないのかい?」
「そいつの言うことを聞くな!」
「タネは大体分かったよ。ね、?」
「え?」
「名刺、貸して」
「あ、ええ、はい」
ダビドが息を飲むのが分かった。いや、逆に言えば他のことは何も。いつの間にか男は死んでいて……私の体は宙に浮いていた。殺したらいけないのではなかったか。頭が混乱している。
彼は自身の能力で近くのビルに上り、そこで一度私を下ろした。
「あの」
「。キスマークは消えたかい?」
「……え? さあ、自分では分かりませんけど」
「僕とキスした時、熱くなっただろう?」
「ええ」
「くくく。キスしようか」
「説明する気はないんですね」
「その気にさせてみなよ」
笑いながら彼が私の頬を撫でる。唇が触れた時、再びケータイが着信を告げた。