Un beso grandote!
初めて人を殺したのはいつだっただろう。その時私は恐怖したのだろうか。それとも悲しさを覚えた? 薄れきった記憶から感情を読み取ることはできない。それほどにあの、狂った女の殺害は大きな出来事だったのかもしれない。真っ直ぐに暗闇の先を見つめる。そして、この男の死も私にとって大きな出来事だった、のかも。
考えていると男の手がリボンをほどき、ブラウスを第二ボタンまで開ける。そして男はうなじに指を滑らせた。
「これか」
爪が肌をなぞる感触に息を飲む。肩甲骨の間あたりを撫でられ、そこがじんわりと熱を持ったような気がした。
「取れそうにないねえ」
「なんですか?」
「キスマーク」
「キスマークならすぐには取れないでしょう」
「残念だね」
「ええ」
言葉とは裏腹に男は再びブラウスのボタンを外し始める。よく背後から、しかもその爪で、するすると外せるものだ。ある程度までボタンを外すと、男が肩とブラウスの間に手を入れてそれをずり下げた。冷たい空気に肌が粟立つ。思わず視線を窓へと移し、月の光に目を細めた。彼の言うキスマークのあるらしい場所はやはり熱を持っていると今ははっきり分かる。目を閉じる。その熱に、唇が触れた。
「ヒソカさん」
「ん?」
「帰りましょう」
「んふふ……どうして?」
「頭がどうにかなりそうです」
「かわいいねえ」
笑いながら男が離れて、しかし私の手はブラウスを着直させてくれない。頭がぐらぐらする、と思う。血の臭いにあてられたみたいだった。一応肩まで服を引っ張り上げ、彼が動く前に彼の手をとってドアに向かう。ドアノブさえ冷え切っていた。
家に戻り、すぐに寝室に入って着替えを済ませる。彼が浴室に入っていく音が聞こえて、私はリビングへと戻った。
紅茶を淹れてから、先日ヒソカさんが持ってきたままテーブルに置きっぱなしだったクッキーの袋を開ける。若干湿気てしまっているが、味自体は悪くない。それから、鞄に手を伸ばし、ダビドの名刺とケータイを取り出す。ダビド=ソウトゥーリョ。このあたりの出ではなさそうだが、偽名の可能性が高い。そもそもただの傭兵が何故名刺を? いや、しばらくフリーで活動していたのなら、そういうこともあるか……。アドレスと電話番号だけのシンプルなそれをしばらく眺め、テーブルに置いた。
じわじわと対象のオーラを奪っていく能力だとして、発動条件を考えると操作系か特質系だろうか。しかし頬にキスするのが発動条件だとすると分かりやすすぎる気もする。それに、能力にかかった証が背中に現れた何かならば、目印をつけておく必要があるということかも。何度も重ねることで真価を発揮するタイプの能力? やはり会うのは避けた方がよさそうだ。ただ、一度つけられたらオーラがなくなるまで消えないものなら会った方がいいかもしれない。
ため息を吐き、クッキーをかじる。まさかこんな簡単に能力にかけられてしまうとは。強いから大丈夫とか思ってるかもしれないが、相手が何を求めてるかは分からない。俺はあんたを案内することで得をする。……殺して済む話ならよかったのに。
シャワーを終えたヒソカさんが全裸のままこちらに来て、髪から雫を垂らしながら私の隣に座る。首にかけたタオルは本当に何の意味も成していない。
「おいしい?」
「ああ、はい。ありがとうございます」
「そう、よかった」
「これ」
「ん?」
「いただいた名刺です」
紙を渡すと彼は人差し指と中指で挟み、眺めている。その様子を見ていると裏側にオーラで何かが書いてあることに気づいた。それから、「大いなるキスを」。能力がダビドのものであるのは間違いない。嫌味な男だ。
「住所が」
「そうだね」
「そんなに遠くなさそうですね。どうしてわざわざオーラで」
「なんでだろうねえ」
「もう」
「行くのかい?」
「そうですね……」
「怖いなら、ついていってあげようか」
「ヒソカさん、殺しちゃうでしょう」
「くっくっく。シャワー浴びてきたら?」
名刺をひらひらと振りながら彼が言う。確かに、もうそろそろ寝たい。これ以上考えても何も解決しないし、今日のところはやめようと思い、立ち上がった。