残影が追いつくまで
「今さらだが、こんなとこで何してたんだ? 仕事か?」
「そうですよ。あなたは?」
「家が近くなんでね。飯にしようと思ってた」
「あら、タイミングが悪かったですね」
「いいさ。どうせ本部で食える」
「ダビデと言いましたか」
「ダビドだが、なんだ」
「どうしてカラマンリスが私を呼び出したのか、知っているんですか?」
「君の思うのが答えだろうさ」
要領を得ない男の返答に、言葉が詰まる。私を案内することによる得とは、ファミリー内での地位向上だろうか。この男はカラマンリスファミリーの護衛だろうが、私とすれ違ったのはたぶん偶然だ。調べがついているというのはもしかしてデュカキスの奥方を殺したことについてか? マフィアンコミュニティーがどうとか言われたのを思い出す。しかし、ダビドが私を昔から知っていたことと、呼び出すよう仕向けること、それからデュカキスの件が繋がらない。この様子からして復讐ではないだろう。コミュニティーの一部であるカラマンリスがあの件の犯人を捜していて、それが私だから呼び出すというのは分かる。
いつもの癖で後部座席に乗ろうとすると、男の笑い声が聞こえた。
「普通、男の車に乗る時は助手席に乗るもんだ」
「あら、ごめんなさい」
「気に入ってるならいいぞ」
「いえ」
癖になっているだけだ。弁解するのも面倒で、とりあえず助手席に乗り込む。
一人で片付けられるだろうか。流れていく景色をぼんやりと眺めながら、あまり帰ってこない家主のことを考える。こんなところで死にたくはないし、そんなに弱いつもりはない。でも彼がいてくれたら……。
「あんたのこと調べたのも俺だ」
「……そうですか」
「だが、家の人間が死んだ後のことは、あんたが殺し屋をしていて、その中でデュカキス家の四人を殺したことしか分からなかった。なんで殺人鬼の家にいる?」
「詮索されるのは嫌いです」
「はっ、そりゃ悪かった」
今まで私は守られてきたのだ、と思った。何かを疑う必要などなく、弱い人間を殺しているだけで約束される平和な生活。……失うという感覚。私は失ったのだ。彼の手によって。何故あそこにいるのかという問いを私は恐れているのかもしれない。それはまさしく、自身の無知が露見するものだから。
車は数分で目的地にたどり着いた。ダビドはあれから黙って運転していたが、車を降りる際にちょっと待ってなと言い、私が降りるためにドアを開けた。よく分からない男だ。
「ようこそ、本部へ。あんたからしちゃ別に広くもないだろうが、自慢の屋敷さ」
ダビドの手が背に触れ、歩くよう促される。屋敷内は静かだった。今まで仕事で見てきた、権力を誇示するような絵やら像やらがそこかしこに設置されている。あまり期待はできなさそうだ。
二階の突き当りの部屋でようやく男は立ち止まる。中から入れという声がして、ダビドは私の頬にキスをした。
「じゃ、頑張れよ」
「ありがとうございました」
ゆっくりドアを開ける。中に入ると、一人の男がソファーに座って煙草を吸っていた。護衛がいないということは、私が舐められているか、戦う気はないかのどちらかだ。
「こんにちは」
「座りたまえ」
「あなたがボスですか?」
「そうとも、私がキツォス=カラマンリスだ」
向かいのソファーに座ったところで男が煙を吐き出す。思ったよりも老いている。男は煙草を灰皿に押し付けると語り出した。
簡単な話だ。デュカキスはマフィアンコミュニティーに多額の支援をしていた。他にも支援をする貴族はあるが損害が出たことは確かなのでどうにかしようということ。
「だな」
「ええ」
「ヒソカというのの家に住んでいるらしいじゃないか」
「ヒソカさんがこの件に関係あるんですか?」
「デュカキス家滅亡に一枚噛んでいることは分かっている。、あれと引き換えにうちの護衛をする気は?」
「引き換え? ヒソカさんを殺せと?」
「端的に言えばそういうことだ」
「私が首謀者であると言っていましたね。ならどうしてあちらを殺すのが優先なんですか?」
「なにちょっとした恨みさ……あれのいる組織を知っているだろう、幻影旅団とかいう」
「存じませんが、要するにあなたの復讐の手伝いをしろと?」
「口の悪い娘だ」
「お断りします」
「ほう、断る権利があると」
「ええ。だって私の方があなたより強いですから」
銃声を認識する前に弾丸を弾き返す。男は寸でのところでそれを避けて、ソファーの背に穴が開いた。男がふっと口角を上げ、銃口を下ろす。
「なるほどな。扱いづらそうな剣だ、の娘は」
「お上手ですね。話はそれだけですか?」
「まあ待ちたまえ。全く残念だよ。これほど優秀な護衛が牙をしまっているなど」
「生憎、私は誰かの盾になるつもりはありません」
「=。唯一の生き残りだそうだな」
「それが何か?」
「失ってからでは遅いと思わないかね」
浮かせかけた腰を再びソファーに落とし、キツォスの目を見た。なんのことだとすぐに問い返せればよかったのだろう。私の作り出してしまった間はあまりに重かった。男の手が煙草に伸びて、私は口元を歪める。煙が吐き出されたのを合図に今度こそ立ち上がった。
「また食事でも」
「ええ、ぜひ」
「それからあれには気をつけたまえ、君。憑りつかれては終わりだ」
屋敷から出るとケータイが鳴った。噂をすれば、いや非通知だから分からないけれど。通話ボタンを押すとやはり彼の声が聞こえてきた。
『やあ。お仕事はどうだい?』
「終わりましたよ。どうしたんですか?」
『どこかで死んでるんじゃないかと思ってねえ』
「残念。生きてますよ」
『迎えに行くよ。道分からないだろう?』
「じゃああなた、私のいる場所が分かるんですか?」
『奇術師だからね』
「ふふ、そうでしたね」
「!」
後ろを振り向くと屋敷の入り口付近にダビドがいる。適当に電話を切り、男を待った。男は私の前まで来ると何か紙切れを渡してくる。
「なんですか?」
「俺の連絡先」
「いただいておきます」
「あんたの父親とは昔交流があったから、会えてよかったよ」
「……お父様と?」
「そ、だからまた」
「分かりました。キツォスによろしく」
「ああ」
お父様と昔交流が。若く見えたがそれなりに歳がいっているらしい。再び頬にキスをされる。
頭上の月を見つめる。憑りつかれては終わりだ。キツォスの言うあれとは何なのだろう。考えながらダビドに別れを告げ、私は家から来るのであろうヒソカさんとの合流を果たすために歩き出した。