揺らさないで、記憶たち
「お嬢様!」
目を開けるとそこには見慣れた天井があり、いつの間にか眠っていたのだと分かった。声の主に顔を向ける。切羽詰まった表情。どうやらこの男は思った以上に真面目な性格らしい。そうでなければここまで本気で私を心配する理由が分からない。
「申し訳ございません、不慣れなもので、応急処置しか」
「アレクシオス」
「は、はい」
「私の目はどこに」
「は、……仰っていたケースに保存させていただきました」
「調理場を汚してしまってごめんなさい」
「お嬢様……」
「おかしいですね。目が一つしかないというのは」
「……すぐに義眼台を入れていただいた方がよろしいかと」
「強膜ごと切ったので、意味がありません」
「しかしそのまま放置すれば瞼が、……放置なされば、瞼が落ちくぼんでしまいます」
「詰め物をして瞼を縫い付けてください」
「……私がということでしょうか」
「そうです。必要なものは持ってきてあります」
「私には医療の心得がございません。医師に診ていただくのが一番」
「あなたがやらないのであれば、腐るだけです」
私が言葉を遮ってそう言うと使用人の男は苦しげに顔を歪めた。何も難しいことなどない。取り出す時の痛みが想定内だったのだから、瞼を縫うくらい麻酔もいらないだろう。男が何を考えて苦しくなっているのか私には理解できなかった。……人の心など。
「お嬢様!」
……目を開けるとそこには見慣れた天井があり、今までのものが全て夢だったのだと分かった。声の主に顔を向ける。随分と使用人が板についたものだ、と思う。昔はあんなにたどたどしかったのに。私でなければ、たとえばあの人だったら、首にしていてもおかしくはない。あるいはもっと。
顔に貼り付けそうになる笑みを引っ込めて、私は手を伸ばす。あの頃とは違う。たくさんの目玉によって私は距離感を誤らずに済んでいる。すぐに男の手に触れて、今度こそ私は笑った。
「どのくらい寝てました?」
「一時間ほどでございます。お加減いかがでしょうか」
「ええ、もう大丈夫です」
「申し訳ございません、こちらで鞄の中身を確認させていただきました。薬が見当たりませんでしたので」
「あら、本当ですか? 出る前に入れたはずですけど」
「新しいものを引き出しに入れておきました。くれぐれもお気をつけてくださいませ」
「ありがとうございます。助かりました」
記憶がぼんやりしている。薬の話を出すということはまたああなってしまったのだろうけれど、経緯が分からない。一時間しか寝ていないせいかまだ眠気があるし、もう少し眠ろうか。……しかしあまり思い出したくもないことを夢に見てしまった。
「お嬢様」
「なんでしょう」
「……詮索ととっていただいて構いません。あの方と何かございましたか?」
「ヒソカさんですか? いえ、特には。ただの発作でしょう」
「左様でございますか」
「あの人は全部知っていました」
「全部というと」
「に何があったのか、私が何をしたのか。それと推測かもしれませんが、私があなたを殺そうとしていることも」
体を起こそうとするとアレクは黙ったまま私の背中に手を添えた。その顔には焦りのようなものが浮かんでいる。
「あなたの責任ではありません。あれは常人ではありませんから」
「しかし……」
「事情がバレたところで何もありませんよ」
「……私にはそうは思えません」
「どうしてですか?」
「お嬢様が薬を持つことを忘れるはずはありません。それに、発作を見ても彼に慌てた様子はございませんでした」
「つまり彼が薬を盗っていて、私の発作を目の当たりにしたかったと?」
「全て推測でございます」
「まあ、なくはないでしょうね。あまり覚えていないので何とも言えませんが」
「お嬢様」
男は何かを言いかけて口をつぐむ。詮索をしないでほしいと言った私に従うならばここまでの会話は全て反逆だ、それを男は分かっている。さすがにこれ以上はまずいと判断したのだろう。
「アレク」
「はい」
「今日のおやつはなんですか?」
「……決めておりませんでした」
「じゃあ、紅茶のパウンドケーキがいいです」
「かしこまりました」
「急がなくていいですよ」
「承知しております」
言いたいことを引っ込めて、彼は部屋から出ていった。望んでここにいるわけではないのに、よくあそこまでできるものだ。いや、望んでいたのかもしれないが。
ベッドから降りて眼帯の替えと着替えを出す。発作の後はいつも不快な気分だけ残っている。何がフラッシュバックしたのかなど思い出したくもないので、それで構わない。君が殺したかったから……男の声が途中で途切れる。私は……。
「私はあなたを殺す」
呟いた言葉は誰にも届かない。殺すというのが愛だなんて、一体誰が言ったのだろう。
カーテンの隙間で光が揺れている。