ピンク・キャットは呪われている

 捨て猫を拾うような感覚だったのだろう。深夜二時を過ぎた頃帰宅すると、ベッドの上で丸まっている背中が見える。寝るなら電気を消せだとか、シャワーを浴びろだとか、言いたいことはたくさんあったが、そもそもこいつは寝ていないはずだ。不貞腐れているだけ。子供なのだ。拾った当初に比べれば随分マシにはなったが、一人だと眠れないというのはいつまでも治らない。ただここに来るまでは様々な薬を常習していたようだし、すぐには治らないだろう。今は人といれば眠れるのだから改善されてはいると思っている。



 鞄をベッド脇の机に立てかけ、ベッドに腰掛けて腕時計を外す。呼んでも反応がないのは拗ねているせいだろう。迫田からは特に問題もなく今日までの薬も飲んだと聞いた。あいつに世話をさせるのも本意ではないが、どうせ深夜の取り締まりに未成年を連れてはいけないし、も俺以外の人間と接さなければまずい。小さく呻く声が聞こえ、女に目を向ける。キャミソールから伸びる白い腕に描かれたあの男にやられたのであろう入れ墨と、左耳に刺さる五つのピアスが見える。

「きもちよくなりたい」

 が体をこちらに向ける。手を伸ばしてその前髪を押さえるようにすると女は目を閉じた。他人に強く依存して生きてきた女の発作だ。何度も聞いた言葉だが、何かすることで根本的な解決から遠ざかるのなら、何もしない方がいいという考えに至ったのは最近のことだ。

「綾女に会ってきた」
「……お姉?」
「ああ。お前に菓子を預かったから、不貞腐れてねえで起きろ」

 強かな女は既に別の男の下で働いている。自分の意志で狂うことを享受した女と、いつの間にか狂わされた女の違いだ。手を離すとは目を開けて、ゆっくりと起き上がった。姉のように慕っていたらしい女から預かった紙袋を鞄から出して渡すと、ぼんやりした表情のままそれを受け取り、中身を引っ張り出す。

「ピンクだ!」

 急に叫んだかと思えばぱあっと顔を輝かせていて、肩の力が抜ける。あの子はピンクが好きだから。女の困ったような笑みを思い出す。お客さんからもらったものだけど、これは内緒ね、中に危険物がないのは確認したからさ。誰が言うものか。の細く薄い手のひらに乗った丸い缶には、ブランドのロゴが大きく描かれている。女は頬を緩ませたまま缶の周りのシールを剥がし、蓋を開ける。中には色とりどりの丸いチョコレートが入っていて、女向けのプレゼントとしてはセンスのいいものと言えた。ああいう仕事をしている女に食べ物を贈るのはどうかと思うが、その愚かしいとも思える男のおかげでが喜んだのだからいいだろう。女は煌めく指先で一つつまみ、口に入れる。

「おいしい」
「そうか」
「あげないよ」
「いらん……が、全部一気に食うんじゃねえぞ」
「んんー」
「先にシャワー浴びてこい」
「やだ」
「やだじゃねえ」
「にゃーん!」
「うるせえ!」

 嬉しそうな顔でけらけらと笑ってみせた女の口の隙間から、銀色が覗く。舌にピアスを開けているやつなんてごまんといるが、食事の際に邪魔ではないのかと思ってしまう。意外にも聞き分けのいい女はもう一粒食べた後缶の蓋を閉め、俺にそれを渡してきた。

「食べちゃ駄目だからね」
「食うわけねえだろ。着替え持っていけよ」
「うーんにゃ」

 ふらふらとベッドを降りてクローゼットに向かう痩躯を眺める。迫田との間に何も起きていないのが奇跡のように思える。あいつもあいつで、このガキのことを猫か何かだと思っているのかもしれない。まともな会話をできなかったと知っているから。女は余程チョコレートが嬉しかったのか、出鱈目な歌を口ずさみながら浴室の方へ消えていく。手の中のピンク色を見て、大きく息を吐き出した。