もしゆめからさめたら

「おいで、

 碧眼の男は少女に手を伸ばす。そこに恐る恐る近づく少女。その手に触れると少女の体にゆっくりと冷たさが広がっていった。男はゴミの山に背中を預け、空を見上げる。手を繋いだまま傍らに腰掛けた少女はただ男の話に耳を傾けたのだった。
 男は、少女の持ってくるものをほとんど必要としなかった。段々とその体からは光が失われ、羽さえもいつか消えてしまった。それでも食べることも飲むことも、寝ることもしないようだった。少女の心配を余所に男は語る。地上に降り立った理由、光が失われていく原因、自身の持つ力。汚れたこの街で死にゆく他に彼はどうしようもなかったのだ。人間に成り下がることすら男にはできなかった、だからこそ全てを少女に「押しつけた」のだろう。与えたと思っているかもしれない。それはつまり、少女も。


 細い腕の白さや冷たさに疑問を抱いたことはなかった。あまり笑わなくなったのも、大人になり落ち着いたからだと思っていた。最後に触れたのはいつだったかと男は思い返す。冷たいと言うと、冷え症だからと返した彼女。それで納得できたのだからひどく冷たかったわけではないのだろう。それが今ではまさしく氷のような冷たさ。掴んでいる今も男の体温をじわじわと奪っている。
 女は唐突に目を開けた。

「離しなよ」
「ああ?」
「凍傷になるぞ」
「凍傷って、いくらなんでも」
「脅しじゃない」

 そこまで言ってから女は、はっとしたように口をつぐんだ。視線を彷徨わせ男の腕に落ち着く。どうもおかしい。男には何も理解できていなかったが、漠然と今腕を離したら消えてしまうのではないかと思った。とはいえ凍傷というのもあながち冗談ではないのだろうと、男は自分の手を見る。この冷たさを享受し続ければ。

「帰る」

 女が体を起こしそう呟いた。男は手を離すことができない。それを見る彼女は今までになく泣きそうな顔をしていた。消え入りそうな声で言う。

「離して」
「……行くな」
「え?」
「まだ夜じゃねえだろ」
「そ……」

 苦しげに顔を歪め、女は力を抜く。そうだね。男はそこでようやく彼女の手を解放した。離された腕を見つめる女。深呼吸。男の手のひらは白くなっている。彼女は男の横に再び体を横たえた。白く冷たい、そして表情をなくした彼女は、綺麗な死体のようだった。死体は、うわごとのように男の名前を呟く。

「なんだ」
「……え?」

 声をかければ驚いたような顔になる女。呼ばれたのはこっちだと男はため息を吐く。起きていながら夢を見て、生きていながら死んでいる。ほとんどの行動が無意識下で行われているのかもしれなかった。男は女の体を引き寄せる。力のない彼女はあっさりとその腕の中に収まり、抵抗することもない。聞きたいことはたくさんあったが、今の女には何を聞いても答えられないだろうと思った。

「つめてえ」