わすれないでねこのきずを
後ろをついてきていたかと思えば一人でふらふらしている少女だった。特に能力を手に入れてからは、気づいたらどこか他の子供たちには見えないところに飛んでいってしまう雲のような存在になった。歩いていたらその目の前に突然降ってきて、驚く彼らに笑顔を見せる。笑顔の絶えない子供。同じように育ったとは思えないほど明るく、ただ、暗さを見せないためにどこかに飛んでいってしまったのだろうと、今では考える。
四年前。
大仕事だったと言えるだろう。こちらの負傷もゼロではなかった。死体の山を踏み、仲間の元へ歩く男は、少女が右腕から血を流しているのを見つけた。足が血でぐちゃぐちゃになるのも構わず男は少女に駆け寄った。少女はその能力から素手で戦うことはあまりない。返り血もほとんどかからない遠距離から攻撃するタイプで、だからこそその血は彼女のものであると推測した。けれど傷の具合を尋ねた男に返ってきたのは、微笑みだった。
返り血だよ。ほら。
見せられた腕には確かに傷などなく。それ以上続けさせないとばかりに少女は仲間を指さした。行こう。仕方なく、男は歩き出した彼女についていった。傷がないのは見れば分かった。けれど返り血にしてはかかり方が不自然だったし、男が駆け寄るまではその腕を押さえているようだった。
男はベッドから体を起こし、頭をかいた。あくびをする。昨晩少女だった女性と久しぶりに酒を飲んだ。未だだるさが残る体を動かし、ベッドを降りる。記憶にある少女は笑顔なのに目の前の女が暗い表情をしているということ。最後に飲んだのは数年前だったはずだ。その時は少なくとももう少し楽しそうだったと思う。しかしそれは男の中で記憶が美化されているだけなのかもしれなかった。
女が出て行った窓を見る。窓の外は濁った灰色の空。一雨来そうだ。男は小さく舌打ちする。それから、腹を満たすために玄関に向かう。
雨。少女が碧眼の光を見つけたのも雨の日だった。マンションの屋上、柵の上で湿った空気を浴びながら女は思いを馳せる。光、天使、薄く周りを照らすガラスのような羽。消えた光。昔はもっと明るかったんだがなあ。男の声が割って入る。目を伏せる。その睫毛に雨粒がぶつかり、女は柵から降りて足を踏み出した。落ちることに慣れた体は、ただ落ちるだけならば重力など操らなくとも恐ろしくない。このまま眠ることもできるかもしれないと思いながら、自身の部屋の手前で止まる。背中。きっと肩甲骨のあたり、そこが一番、熱を発している。
女が部屋に入るとすぐ雨は本格的に降り始めた。窓を閉める。嫌な音を立てる窓。カーテンを引きぼんやりとした明るささえ消す。
暗い室内で彼女は立ち尽くす。