いつかの煌めきに掬われる

、お前……」

 隣から聞こえた声に私の思考は動き出す。そちらを見ればとぼけ顔のノブナガ、そして前に向き直れば驚いた顔のままのパクノダ。目が合うと瞬きをしてそれから、段々表情が緩んでいく。

「よかった。なのね」
「……うん。ええと、ごめん」
「謝ることないわ」

 その笑顔にほっとする。帰ってきたのだ。私は、あの白い空間から。片手を握って、開く。もう片方の手を見た時、膝の上の布の存在に気がついた。これは……クローゼットにしまってあったものだ、と思うけれど、どうしてここに。答えを知る前に隣の男がため息を吐いた。

「心配かけさせやがって」
「……ごめん」
「おめー羽が生えた時のこと覚えてんのか?」
「……羽?」
「やっぱそうか……」
「じゃああれは……私、本当に天使になっちゃうとこだったんだ」
「あれ?」
「今まで白い空間にいたの」

 あれはたぶん、私の意識が天使に引きずられそうになったのを、昔の私が助けてくれたのだ。昔の私というのがなんなのかよく分からないけれど……。
 おもいだして。あんなにだいじなかこ。みんなは。
 思い出さなければならない。あの、「私」のためにも。

「しばっている……」
「あ?」
「しばっているあれを……私をしばっている、あれを、こわしてって」
「何言ってんだ、
「そこには天使と、ちっちゃい頃の私がいて……ちっちゃい私が言ってた」
「……よく分かんねえが、お前に羽生えてた時そうなってたってことか」
「たぶん」
「どうして戻れたのかしら。あなた名前以外にはほとんど反応しなかったのよ」
「そうなの? ……あ」
「何か心当たりある?」

 
 引きずられそうになっていた時、私は自分と天使の境が分からなかった。私は自分のことを天使だと思っていた。君は僕に、僕は私に。私が私であるという意識を失ってしまったらこうして戻ってくることはできなかったのだろう。天使の腕を掴んだのは幼い私だった。けれど明確に全ての意識を止めさせたのは、名前を呼ぶ声だった。隣に顔を向けると、男は何も分かっていない顔をしている。

「私を呼んでくれた?」
「……お前を? まあ、そりゃ、何回かな」
「じゃあ、それだと思う」
「何がだ」
「呼ばれたの、覚えてるよ。天使を押し出してくれた」
「……そーかよ」
「ところで、これどうしたの?」

 手の中の布を指して言うと、二人が私の意識がなかった時のことを話してくれた。羽が生えたこと。反応はないが仕事はしていたこと。帰ろうと言ったこと。アンクレットには触ることもできなくなった、こと。
 パクノダがこれの記憶を読んで、これなら私が戻るきっかけになるかもしれないと思ったらしい。実際名前以外には反応しなかったのが、これにははっきりと大事にしているという態度をとったとか。確かにこれが大切だということは分かるが、どうしてここまで大切に思うのかは分からない。ちゃんと見ると、ぼろぼろではあるがあの白い空間で幼い私が着ていたものだと気づく。昔よく着ていたものなのだろう。

「これの記憶見たんだよね」
「……ええ」
「……どうしたの?」
「本当は自身が思い出せればいいと思ってたんだけど……私が話すことで脳が刺激されて、他のことも思い出せるのかもしれない。だから見たことを話すわ」
「う、ん。お願い」

 そんなに重い話なのだろうか。しかし自発的に思い出す可能性があまりない今、そうしてくれるととてもありがたい。……早く元凶をなんとかしないと、いつまた意識を引きずり込まれるか分からないのだ。

「そのワンピース、よく着てたっていうのは覚えてる?」
「……覚えてないけど、そうだったってことは分かる」
「あなた力を手に入れた後、よく飛び回ってたじゃない?」
「そうかも」
「ノブナガ」
「あ?」
「本当に覚えてない?」
「それのことか?」
「そうよ」
「……ノブナガが関係あるの?」

 これまで一切口出ししてこなかったのだし、何も覚えていないのだろう。しかめっ面でワンピースを見つめている。パクノダは腰に両手をあて、小さく息を吐いた。

「あんまりこういうこと、本人の前で言いたくないのよね」
「ああ? 言えよ」
「……はあ……ノブナガ、がそれを着て飛んでるところが好きだったみたい。はあなたにそう言われたから思い入れが強かったってこと。勝手にクローゼット見ちゃったけど、今でもワンピースとかひらひらしたものばかり着てるみたいね?」
「……そ……そうなのか?」

 そうなのか。なんだか色々なことが腑に落ちた気がした。彼の問いに答える言葉が見つからない。どくん、と心臓が動く音がする。ああそうか。私は昔から、ずっと……。

「じゃあ私帰るわね」

 黙っているとパクノダが言った。

「ノブナガ、ここまで話してあげたんだから後はあんたがなんとかしなさい」
「分かってるっつーの」

「……え?」
「あまり無理はしないで」
「あ、うん……パク、ほんとにありがとう。私頑張って思い出すから」
「ええ。またね」
「また」

 ヒールの音が遠ざかっていく。やがて部屋に沈黙だけが広がる。自分の鼓動がやけに耳につく、けれどそれはむしろ好ましいことだった。私がここにいると実感できる。引きずられていない、と、分かる。私はワンピースの裾を握りしめた。