あなたはいつもそうやって笑ってた
悲鳴。血。炎。ありふれた惨状は最早女の心を動かす要因たり得ない。彼女に投げつけられた岩や木の枝は、全て重力に逆らって彼女の周りに留まっている。村人を縛る手を止めずにそれらを丸めて全壊していない家に放れば、また泣き声が増えた。
「おーい」
向こうで大男が情けない声を上げる。男の片手に村人のものだったのであろうぐちゃぐちゃの腕と内臓。尚も女に目を向けている男の表情に、女は仕方なく近寄る。そんな大きな隙ができても、縄で縛られた人間に抵抗する術はない。男は今しがた一人を縛ろうとして失敗したらしかった。
「どうしたの」
「間違えて殺しちまった」
「力加減が下手すぎ」
「こいつらが脆いのが悪いんだろ?! 俺は掴んだだけだぜ」
「いや、この人たちが普通だから」
「んなこと言ってもよお」
「逃げちゃう」
「あっ、おい逃げるなよ!」
まだ捕まえていない人間がいたのかと女は思う。もつれる足を必死に動かした村人は、直後その両足を潰されてしまった。男が嬉しそうに声を上げる。女はそれを見てから浮き上がり、一旦村全体を確認する。ほとんど全てが真っ赤に染まっていた。赤の中にいる女の仲間たち。それぞれのペアがやりやすい方法で村人を捕らえているのが分かる。女は何も思わずに高度を落とし、自身の仕事に専念することにした。ここに村人が集められるのも時間の問題だろう。
……見せしめも終盤に差し掛かり、女は村の上空にいた。一人一人を殺すのに向く能力ではないと思っていたし、人手のいる作業でもないので女が空に向かうのを誰も止めなかった。ただ、そのことに気づかなかっただけかもしれないが。
星空が女を見下ろしている。地上は赤いのに、少し空に近づいただけで視界は暗闇に支配される。何かに突き動かされるように女はさらに上へと落ちていく。女や仲間が破壊しつくした村にはちょうどいい屋根などない。空のみを視界に入れるよう体勢を変えると、自分がどこにいるのかも分からなくなるようだった。
数分間うろうろと飛んでいた彼女だったが、ふと自身の足が目に入る。その時初めて、女は自分の体が微量の光を発していることに気づいた。なんだこの光は、と思ったものの、それとは別に力がわき出る感覚が先ほどから止まらないことにも意識が向いた。
その時だった。
「おいで、」
顔を上げると天使がそこで微笑んでいた。私は思わず周りを見るがそこには何もなく、ただ白い空間だけが広がっている。そして天使を見つめる。
「……会いたかった」
口をついて出たのはそんな言葉。天使は一層笑みを深くする。私は、そうか、私はこの男に会いたかったのだ。言葉は口から出ると同時に意味を成す。天使の手はこの空間に溶けてしまいそうなほど白いのに、はっきりと見えた。
手を伸ばす。
「私、あなたのこと、忘れなかった」
「ずっと傍にいるって言っただろう?」
「うん……」
「もしかして迷ってるのかい」
「迷う? どうして?」
「いや。迷っていないならいいんだ」
「随分待たせちゃったしね」
「待ちくたびれたよ。……なんてね」
届く。もう少しで。ああ、心地いい空気だ。もやが晴れていくような気がした。私を縛るものなど何もない。これでやっと……。
大きな圧迫感が村を襲った。最後の一人を殺し終えたノブナガが得物を鞘に納めた直後のこと。その場の全員に緊張が走る。しかし彼らの周囲に敵はいない。この感覚がそういった類のものではないと男たちが気づいたのと、シャルナークの呟き、どちらが先だったかは定かではない。
「まさか」
その目はまっすぐ上空を見つめていた。声に反応して他の仲間も空に目をやる。それが何か理解する前にシャルナークが続ける。
「あれ……だよね」
光。眩い光がそこにはあった。ガラスのように儚い美しさ。彼女の背後に広げられたそれは……羽だ。
数秒の間の後、誰かが天使と言う。その言葉に、弾かれたように走り出したのはやはりノブナガだった。
「!」
名を呼べば反応がある。光は彼を視界に入れると、すっと降りてきた。やがてその目の前で落下は止まる。ノブナガが女の全身を見る。その足首には変わらず金属が巻き付いており、それがさらに彼の思考を追い立てる。足は地面から若干浮いているようだ。心拍数が上がっていく。何を、どうすればいいのか、彼には分からなかった。
何も言い出せないでいると、彼を追いかけてきたシャルナークが彼に告げる。
「ノブナガ、とりあえず目を回収するの手伝って」
「何、……なんだと?」
「ごめん。分かってる。でもその方が早くを連れて帰れるから」
「てめえ……!」
怒りに打ち震える彼の横を、光が通り過ぎる。はっとしてそちらを見るとそれはそのまま村人の死体に向かっていった。二人は顔を見合わせ、それを追いかける。他の団員は作業を開始していた。
「」
クロロの声に光が顔を上げて動きを止める。
「話は後で聞く」
返事はない。しかしその言葉を聞いた光は動き出し、手近な生首を掴んだ。光が何の躊躇いもなくそこに手を突っ込むと、どろりとした血液が手、腕、足元を塗りつぶしていく。そうして取り出した眼球を容器まで運ぶ姿はまるで、命令を忠実に守るロボットのようだった。
「……ノブナガ」
「……」
透き通る羽は強い光を発し、死体を照らしている。女の動きに合わせてふわと揺れるそれは生きているようにも見えた。
風が吹いて、夜の森がざわめく。