昇れ、我が手を取るために

「残念なお知らせがあるんだけど、聞く?」

 適当な上に調子のいいマイペースな男は、「思ったより何もないな」「洗面所汚くない?」「あ、コーヒーもらうね」などと言いながらしばらく部屋をうろうろした後、ようやく本題らしきことを言った。メモ帳に向けていた視線をこちらに向ける。残念だとは全く思っていないのだろう、年齢を感じさせないいつもの笑みに、隣の彼が苛立ちを顕わにした。

「もったいつけやがって」
「あはは。一応仕事の話だから言っとかないとなと思って」
「仕事のどこが残念なんだよ。つーかお前はパクから何聞いたんだ?」
「書いてあることと大体同じだよ。もっと詳しく聞いたけどね。それでとりあえず現状だけど、天使になるのを止めるにはアンクレットを壊せばいいっていうのはたぶん正しいよ。パクもそんなようなこと言ってたし、話してる時に天使が出てくるっていうのも、アンクレットに関してはその傾向が強いんだろ。けどさ、能力だって天使からもらったものなんだから、それを壊すことで能力が使えなくなる可能性は大いにある」
「そりゃそうかもしれねえが、能力なんざどうだっていいだろ」
「何言ってんだよノブナガ。だって蜘蛛の一員なんだぞ」
「あの、シャル、つまり近々仕事があって……そのためには私が力を失うわけにはいかないってこと?」
「まあ、そうだね」

 その言葉にノブナガは黙ってしまう。蜘蛛。私はそこそこ悪名高い盗賊団の一員であり、所属しているからには戦う必要がある。これまで何の疑問も持たずそうしてきたが今は能力を使うことが天使への近道である可能性が高いのだ。それは能力は天使からもらったものだという前提が正しいから。
 男はメモ帳をぺらぺらとめくり何か思案するような表情で眺めている。それを見ていたら唐突に私の隣から得物が出てきてその男をどついた。

「いてっ」
「仕事の話しやがれ」
「今俺のこと殴る必要あった?」
「殴ってわりいかよ」
「悪いに決まってるだろ!」
「で?」
「はあ……結構大きな仕事になると思うんだよね。ていうか、今のところ全員参加」

 まだメンバーに連絡している最中だと男は言う。全員参加なんてそれは大掛かりだ。男が一度メモ帳をテーブルに置き、腕を組む。

の能力が必要なのか?」
「特攻の要だろ、いつも。今回は相手がそれなりに強いみたいなんだ。それを片っ端から捕まえることになる」
「捕まえる?」
「殺すことにはなるよ。聞いたことない? クルタ族って」
「ねえな」
「森の奥で固まって暮らしてて、怒ったり興奮すると目が赤くなるんだって。一部では綺麗に赤くなった状態の目が高価に取引されてるんだよ」
「目を奪うために捕まえてキレさせるってか」
「そういうこと。がいた方が効率的だし何より混乱させられる」
「効率だあ? こいつがいなくてもそんな連中捕まえられんだろ」
「ただ捕まえるだけじゃないんだってば。それに簡単なことなら今までに滅んでてもおかしくない」
「ああ?」
「私は仕事なら行くよ。……というか、全員参加なんだよね」
「本人がいいって言ってるんだから」
「おめー分かってんのかよ」
「……分かってるけど、私が蜘蛛であることは間違いないし、そもそも力を使うのが駄目かもまだはっきりしてない」
「……この野郎……」
「いてっ。もー、俺に当たるなよ」

 二人は、クロロが決めたことだって、うるせえ話持ってきたのはお前だ、とかなんとか言い争っている。仕事なのだから仕方がないとしか言いようがなかった。その結果侵食が進んでしまうとしても、私の能力がある方が効率的だと言われてしまえばどうしようもない。全員参加の大仕事なんて何年ぶりだろう。

「俺個人の意見じゃないって」
「ああ?!」
「でもそうだろ、
「え? ごめん、聞いてなかった」
「聞かなくていい」
「能力の話」
「てめえ」
にとっては重要だと思うけどなあ」
「なに?」
「このまま天使になるのが悪いことだとは思わないって話」
「……それは」
「能力がなくなるのが惜しいってのもあるけど、何よりほぼ不死身で、食事も睡眠もいらないらしいじゃん」
「そのせいで感情を失うかもしれねえんだぞ!」
「それノブナガの推測だよね? 温度が分からないのは確かに実生活に支障ありそうだけど、飲み食いしないならあんまり関係ないと思うし。それに感情なんて下手に持ってると厄介な時もあるだろ。俺は純粋に羨ましいよ」
「てめえの意見じゃねえか!」
「だから、羨ましいっていうのは勝手な感想であって、天使になった方がいいとかは」

 ご尤も。今のところ侵食されていることに対してただ焦っているが、実際天使になる場合のデメリットは少ない。感情がなくなるかどうかは定かではないけれど、そんなことになったらむしろ、何にも心が動かないくらいの方が楽だろう。仕事もしやすくなる。
 言い争いは止まらない。隣の男が立ち上がり、ベッドがこちらに沈む。腕を伸ばすが彼には届かない。武器を抜こうとするのを男が必死に止めている。

「ノブナガ」
「ちょっと待てよ、ちょ」
「てめえシャル表出ろ!」
「何そんなに怒ってんだよ!」
を殺戮兵器みてえに言いやがって! 天使になんかなりたくねえっつってんだろうが!」
「いやだから、結局のところどうするかはこいつの勝手だけどさ」
「ノブナガ!」

 声を張ると、はっとしたように彼が私を見る。それを見て向かいの男は彼の武器から手を離し、大きくため息を吐いた。

「とにかく、詳細は文面で送るから。
「うん」
「来たくなかったら来なくていいよ。損害とか効率とか考えなければ、ノブナガの言う通り俺たちだけでなんとかなると思うし」
「……うん」
「じゃ、またね。コーヒーありがとう。ノブナガをよろしく」
「あ、うん。また」

 シャルナークは手を振って部屋から出て行った。それから数秒して今度はノブナガがため息を吐く。なんだよよろしくって。その言葉に顔を上げると目が合う。確かに、よろしくされたはいいものの私は何をすればいいのだろう。

「行くなよ」
「え?」
「仕事」
「……損害とか効率とか、ってことは、怪我するかもしれないわけだよね」
「あんなのあいつが勝手に言ってるだけだろ」
「私は怪我してもたぶん死なない。一気に捕まえることもできると思う」
「お前な」
「元々みんなの役に立ちたくて手に入れた力だから」
「ああ? 天使がくれたんじゃねえのかよ」
「……頼んだんだよ。私、仕事には行く」

「ごめん。……心配してくれてありがとう」
「おい、どこ行くんだよ」
「……屋上」

 彼が何を言うのかも分からないまま、ただそれを避けるようにして部屋を出た。靴の音が廊下に響き渡る。それがやけに耳につく。私は、ひたすら、ゆっくりと、階段を上る。