あなたのためいきはかれらをも

 言い訳をしよう。あの子に君が似ていただけなのだと。決して君を落とすつもりはなかったのだと。

「ねえ、君は」

 温かいのであろう少女に、手の温もりさえ分からない自分と一緒にいてくれるかなどと、罪深いことは言えなかった。


 生温い風が男の体をなでる。男には彼女に何か大きなことが起こっていることだけが分かっていた。逆に言えば重要なことは何も。軽い舌打ちと共に吸殻を投げ捨て、男は室内に戻る。情けない。今この時ばかりは自身の知能の低さに腹が立つ。冷えきった体、大丈夫だと言う顔、それから離してと呟いた時の、揺れる瞳。一体彼女の中で何が起きているのだろう。まるで別人のようだった。
 こんな時に限って仕事もない。誰か誘って飲みにでも行こうかと男はケータイを見る。現状を理解できそうな奴。再び舌打ちが漏れた。仲間を頼るのは彼にとってあまり喜ばしいことではない。しかし、自分一人で悩んでいても分からないことであるというのは間違いない、と思った。そもそも体が冷たいということしか、言葉で説明できる事象は起きていないのだ。仕方なく男は連絡先の一覧を呼び出した。


「寒かっただけじゃないの?」
「寒くねえっつうんだよ」
「分かってないなー、女心だろ」
「絶対ちげえって!」

 珍しいこともあるものだと自分を呼び出した男を眺める。仕事終わりでもないのに飲むなど何年ぶりだろうか。しかも野郎二人で。

「寒いって気温でもねえし、寒いにしてもありゃおかしい」

 ごちゃごちゃと続ける男から、グラスの中の液体に視線を移す。戦う時でさえ人の手を借りるのを嫌がる男がまさか女のことで自分を呼び出すとは。それに付き合う方も、と口角を上げる。何がおかしい。いや何もと答え、男はグラスに口をつける。
 不本意だったのだろう。話してえことがある、電話口で用件を伝える口調がそれを物語っていた。

「まあ冗談はおいといて」
「ああ?」
の能力って確か重力操作だったよね。オーラもないしあれは念じゃない」
「そうだな」
「で、あいつ昔天使がどうのって言ってただろ? 能力のこともさ」
「天使? あー、そういや言ってたなあ」
「天使から力をもらうなんて非現実的な話、信じられないけど」
「それと何が関係あんだよ」
「冷たいとか別人みたいとか、無関係ではないと思うよ。ていうかまあ、それぐらいしか心当たりがないっていう方が近いか」

 向かいに座る男は理解できないという風にため息を吐いた。非現実的どころの騒ぎではない。仲間内では情報処理を担当し、人より頭の回転が速いと自負している男ですらよく分からないとしか言えない事態だ。やはり自身の手に負える問題ではなさそうだ。少し考えるような間をあけた後彼はグラスの中身を一気に飲み干した。

「それでどうすんの?」
「どうすりゃいいのか分かんねえからてめえを呼んだんだろうが」
「そんなの俺にも分かんないよ。まず何が問題なのかが分かってない」
「それが問題じゃねえか」
「うーん……もしあいつの言うところの天使ってやつが関わってるなら、本人に聞かなきゃどうしようもないだろ。答えるかは別として」
「……そりゃそうだ」
「俺も調べてみるよ」
「金取る気だろ」
「よく分かったね」
「これだからお前は信用ならねえ」
の状態見てみたいし、まあ一回会いに行こうかな。ノブナガは?」
「あー……気が向いたらな」
「俺より暇なんだから行ってやればいいのに」
「うるせえ。……お前に言われなくても、近いうち顔出す」

 幼い少女をいつも気にかけていた少年。あーとため息めいた声を出し、ちょうど一杯分残っていた瓶の中身をグラスに注ぐ。それを見ながら、これは弱味になりうる相談だと思った。自分がこの男ならばこんな風に話したりしなかっただろう。大事な女のことならなおさら。

「天使ねえ」
「あ?」
「いや、そもそも俺ら誰も姿を見てないなってさ。天使っていうのもクロロがそう言っただけで」
「……そうだったか?」
「実際、能力はその天使とやらに会ってから発現したみたいだから、別に疑うわけじゃないけど」
「天使なんて存在すんのかっつー話だわな」
「そう」

 何かがいたと言った。白くて、羽が生えてて、光ってる。お前の言葉を総合すると、そいつは本に出てくる天使ってものに近いな、と少年が言う。その時から天使は天使になったのだろう。子供だったから信じることができたそれも、今となっては理解の範疇を超えているとしか言いようがなかった。二人の男は、それぞれグラスを傾ける。