間男はクッキーを食べる

 昼間、突然大量のクッキーを作った。大して理由はない。家にあるもので作れて簡単なのがクッキーだった。卵の分量を間違えて、それに合わせて他の材料の量も変えたら、すごい量になった。できあがったものを皿に置きながら、ストレスでもたまっていたのだろうかと思う。これだけ焼いてもまだ全部の生地を焼き終わっていない。こんなに作って、私はこれをどうしようって言うんだろう。
 今日明日は帰ってこれないと言っていた。別に急いで食べなくちゃいけないものでもないので、それから消費するのでも大丈夫だろう。けれど誰かに分けても充分彼の分は残る。なら誰かにあげよう。誰かなんて一人しかいない。友達が少ないみたいだが、ただ単にあいつはいつでも暇そうだから都合がいいのだ。いつでも暇ということはないはずだが、いつ電話しても出るし、いつ誘っても断られないし、あげくどこにでもすぐ現れる。あいつのフットワークの軽さは異常である。そういうわけで急に暇になった時なんかは電話することにしている。もちろんあいつには会いたくない時もあるから、必ずではないけれど。

『もしもし』
「今どこ?」
『家だよ』
「行っていい?」
『今汚いからなあ』
「女子か」
『君は?』
「私も家」
『じゃあそっちに行くよ。いないんだろう?』
「……まあいいか。夜には帰ってよ」
『分かってるよ』

 あんまりよくないことだと分かっているので、旦那の許可を得ず他人を家にあげたことは一度しかない。それもヒソカだった。そういうところ、本当に間がいい。私の気持ちも、あいつの都合も。その一度の時はこのあたりで暇になってしまったから遊びに行っていいかという誘いに乗ったもので、それも夜までには帰したので何も危ないことはなかった。自分の心が不安定になっている時ほど、ヒソカを前にすると自制心が働いて、何事も起こさずに済む。旦那がいない間ここに友達を呼んでいいか聞いて、駄目だと言われたことがないのを、私は利用している。
 旦那にヒソカのことを話したことはある。というか、ヒソカに会ったらそれを話している。だからあの人は私に変な友人がいることを分かっている。それに対してどんな感情を抱いているのかは知らない。他にも友達ができればいいのに、と言われたことならある。います。

 インターホンが鳴って、あいつの気配だと認める。全部を皿に乗せ、ラップをかけ終えたところだった。

「やあ」
「……あの、なんで血ついてんの? あんた家から来たんじゃないの?」
「だから今汚いって言ったんだ」
「とりあえず入って」

 全身血だらけのヒソカを見て怖くないわけがない。動物的本能がこいつと関わってはいけないと叫んでいる。でも呼んだのは私なのだから仕方がなかった。自室で殺しをしていたのか、なら何故断らないのか、そんな疑問や意見がため息になって漏れる。手品の要領で一枚のトランプをどこかから出したと思えば、次の瞬間には束になって美しいとさえ言える手つきでそれらを操る。舌なめずり。気持ち悪い。

「まさか興奮してるとか言わないですよね」
「外で治めてきたさ。君を殺すほどトんじゃいない」
「今すぐ風呂入ってこい」
「くくくく」
「どうせしばらく裸でも気にならないでしょ。服洗っとくから」
「んーふふ、分かった分かった」

 野生動物を保護した気分だ。興奮してないと本人が言えるということはやばくはないのだろうが、いつもよりテンションが高いことは確かだ。なんだか一気に疲れた。
 奴が風呂に入っている間に洗い物を片づける。なんだこの浮気みたいな時間は。

「君の匂いがする」
「そりゃ私のシャンプー使えばそうでしょうよ。あのさ、股間隠してくれる?」
「いいじゃないか」
「全裸のまま放り出すぞ」

 ヒソカは私のタオルを渋々腰に巻く。いつも思うのだが、なんですっぴんの方が綺麗なの? こうして見ると外見だけはいいのに、もったいないとしか言いようがない。この筋肉の付き方はとても好みだ。骨格も。多少性格に難があってもこれが見れるならいいかなと思ってしまう。

「君が作ったの?」
「ああ、うん。食べて」
「いいのかい?」
「そのために呼んだのよ」
「なんだ、会いたいからじゃなかったんだ」
「はいはい。ちょっと作りすぎちゃったから、持ってかえってほしいぐらい」
「おいしい」
「どうも」
「はい」
「え?」
「あーん」
「うざ……」
「餌付けしてる気分」
「うるさい」
「ほんと僕の体好きだね」
「そんなこと一言も言ってないわよ」
「目を見れば分かるよ」
「あっそ」
「触ってもいいよ」
「えっ! ……今のなし」
「かわいいなあ、君は」

 恥ずかしい。こんな奴の言葉に踊らされている自分がとてつもなく惨めだ。誤魔化すように煙草を吸いに出る。
 絶対にここでは何も、起こさせない。