ミッドナイト・ウイスキー

 着信音で目が覚める。目を閉じたままケータイを手に取り、怒りを隠さず声を発する。

「……もしもし?」
『もしもし? 今から飲まない?』
「何時だと思ってんのよ……」

 深夜二時。こんな非常識な時間に電話をかけてきて、既婚者を飲みに誘うような知り合いなんて一人しかいない。非常識だという自覚もないのだから困る。

『いいウイスキーが手に入ったんだ』
「知るか。ウイスキー嫌いだし」
『ワインだってあるよ。ね、僕のコレクション振る舞うからさ』
「あんた他に友達いないわけ」
『君だけが頼りなんだ』
「……はあ……」

 どうせ私は素直ですよ。心の中で悪態をつきながら体を起こした。いつも通りヒソカの家に向かえばいいらしい。こんな時間じゃなければ喜んで行くのに、あいつは嫌がらせなのかと思うほど頻繁にこういうことをしてくる。嫌がらせなのだろうけど。そんなあいつを気に入っているのだから性質が悪い。
 夜中に出かけることが旦那にバレるのはあまりよくない。しかし相手が相手だ。友達と飲むのに何をためらう必要があると言うのか。彼が家にいる今、私の理性は完全に機能している。適当な服に着替え、顔を洗って髪を整える。向こうもすっぴんだろうから、こちらも構わなくていい。
 日が変わってから寝たのでとても眠い。始発の時間にはもう出よう。眠い時に飲むといつも以上に酔いが回って大変なことになりかねない。大体なんでヒソカのためにタクシー代を出さなくちゃならないんだ? 行先を告げる。

 高層マンションの一室に奴は住んでいる。ここに住んでいるのかただのホテル代わりで別に家があるのかは知らないが、とにかく金のある人間であることに変わりはない。
 部屋の前に着くと、インターホンを押す前にドアが開いた。

「やあ」
「こんばんは」
「ほんとに来るとは思わなかったよ」
「帰る」
「まあまあ」

 肩に回された腕を払い、とりあえず中に入る。テーブルの上には様々な料理が並んでいて驚いてしまった。ここで飲む時はヒソカがつまみを作って待っているのが常ではあるが、こんなに豪華なのは初めてだ。

「何これ。どうしたの?」
「お腹すく時間だろ? いつもより多く作っておいたよ」
「なんでそういう気は回るのに……」

 なんでもできる男なのだ。嫌味なほどに。それだけに変態性が残念でならない。まあその変態性のおかげで友達をやっていられるとも言えるのだが。
 前によくあんな奴の作ったもの食べれるねと言われたが、私もそう思う。でもどこかでそんなことを私にしてくることはないだろうという確信みたいなものがある。こいつが使いそうな薬は睡眠薬か媚薬の二択だが、睡眠薬なんてもられなくても眠ければ寝るし、媚薬なんてもられなくてもやる時はやる女だと分かっているはずだ。そんな常人的発想で動いているかは分からないけれど。それに、私はたぶんこいつとはやらないけれど。

「今旦那はいるんだったかな」
「いるわよ」
「乗りこんだらどうする?」
「怒る」
「かわいいね」
「これ飲みやすいわね」
「だろう」
「ウイスキーなんて久しぶりに飲んだかも」
「君いつもワインばかりだからね」
「そんなに残らないからね」
「もっと食べてよ。君の食べる姿好きなんだ」
「気持ち悪いこと言わないでくれる?」
「つれないねえ」

 ワインは好きだが、セーブするのには合わない。飲みやすくてつい飲みすぎてしまうからだ。だから今日はウイスキーを少しで済ませるつもりだった。気づいたらワインが注がれていたのだけど。
 夜はまだ明けない。