スモーキング・エリア
我が家のベランダからは、よく星が見える。その眺めの下で煙草を吸うのが私の日課になっている。
ヘビースモーカーではない。日に五本吸う程度だ。やめろと言われてやめられるものではないことを分かっているのか、迷惑さえかけなければ何も言ってこない。もちろん心源流拳法の師範代なんてものを目指しているのだから、体力が落ちるようなことは即刻やめた方がいいのだろうが、やはりやめられない。
それでも、結婚してから本数は減った。あなただけの体だと思わないでください。正直そんなことを言われるなんて思ってもみなかったので、私みたいなひねくれものはときめかざるを得なかったのだ。
煙を吐き出すと夜の闇に飲み込まれていった。
肝心の夫は昨日から出張に行っている。出張というか、視察というか。私も将来師範代になったらそういうことをしなければならないらしい。たぶん一週間以内には戻ってくると言っていた。
急にこうして一人の時間が投げられることがある。そういう時は大抵、寂しさに負けて誰かしらに連絡をとってしまう。けれど今日は、久しぶりに一人で過ごす時間を満喫していたかった。この間二十歳にもなって感情の制御ができないなんて笑わせると、知り合いの窃盗団員に言われた。けれど何度考えても、まだ二十なのに、と思えてしまう。夫には話していない。
愛してると言われた。君が私の全てになってしまったと。絶対に後悔すると思った。私は浮気を繰り返している。付き合い始めた頃から今まで、きっと見つかったら怒られるような関係を、捨てられずにいる。
彼は私をちゃんと叱ることができる。十年近く一緒にいる弟子に、今さら叱れないなんて葛藤するはずもない。そういうところが好きなのだ。怒ってくれることを期待して、自分を見てほしくて、やんちゃしてしまう癖が、いつまでも抜けない。そして結婚してからのあれやこれはまだバレていない。大人になんてなりたくなかったのだ。本当は。
元々色んな人のところにふらふらしているような女だった。昔から情緒は不安定だったし、それを慰めてくれれば誰でもよかった。そういう時師匠という立場の彼は、私を女として扱うことにかなりためらいを感じていた。まだ彼も若かった。
十七の頃、本格的にそちらへのめりこんでしまいかけた。毎日帰ってはきていたし修行もさぼらなかったが、既に卒業目前で、私は独り立ちできるくらいには強くなっていた。そして卒業した十八か十九の時、時間に縛られることのなくなった私の生活は荒れた。
卒業したとは言え私には出ていく先もなかったのでずっとそこに住んでいて、もうしばらく彼のことを好きだった。彼に思いを伝え、困らせてみたら、真剣な表情で、真意を確かめてきた。結婚までしてしまうだなんて思わなかったけれど。
付き合ってしばらくして、彼ではない男で処女を捨てた。処女はめんどくさがられるもので、そんな思いを彼にはさせられないと思った。彼がそんなことを思う人間ではないことを誰よりも知っていたのは私だった。愛なんて信じられなかった。
次の一本に火をつける。