午前一時のワイングラス

 ヒソカと出会ったのは、確か私がまだ十五の頃だった。ちょっとへまをして死を覚悟していた家出少女が、助けてくれたお兄さんを気に入るのも無理はない。たとえそれが快楽殺人鬼だったとしても。
 ヒソカは私を殺さない。たぶん、強くなる可能性があるからだ。だから私は、修行を怠らなかった。けれど限界まで強くならないよう、無意識のうちに制御していたのだろうと今になって思う。ヒソカに気に入られた強者が、戦いの末殺されることは分かっていた。宝物が一瞬でゴミになる。私は彼に見捨てられるのが怖かった。
 家出少女はただの反抗期で、痛い目を見るとすぐに家に戻った。自身の師匠が待っている家に。殺人鬼は道中、私のことをもう友達だと言った。友達、という単語。

「誰のことも信用してないくせに、よく言うわよ」
「なんだい、急に。今日はやたら機嫌が悪いじゃないか」
「別に」
「生理?」
「死ね」
「くっくっく」

 ヒソカのことは大好きだ。友達として。たとえこいつが私を友達だと思っていなかったとしても、私が友達だと思っているのだからそれでいい。
 ヒソカの知り合いの窃盗団のメンバーを紹介されたのはいつのことだっただろう。

「最近旦那とどう?」
「めちゃくちゃ幸せ。聞きたい?」
「そう言っていつも話してくれないじゃないか」
「このワインおいしい」
「君は素直でいいよねえ」
「馬鹿にするな」
「褒めてるのに」
「あんたも素直でいいと思うわよ」

 返答を待たず、グラスに入った液体を飲み干す。頭にまで熱が回っていく感覚。これは明日に響きそうだ。ああ、朝から色々用事があるのに。
 この変態と、恋人ごっこをしていた時期がある。恋人ごっこと言うと聞こえはいいが、いやよくないかもしれないが、要するに浮気だ。まあお互いにその気はなかったので結果として何事もなく終わったが、その延長でベッドインしそうになった。ヒソカは自身の性欲に逆らわない。その時既に今の旦那との交際を開始していた私は、これは浮気だ、と突然気づいた。随分前から自分の行為が浮気であることから目を背け、それでも続けていたのに、いざそういう雰囲気になると怖気づいてしまい、私はヒソカの下から逃げた。何度も言うが、お互いにその気はなく、こいつは誰にでも興奮する。

「ヒソカ、私あなたのこと好きよ」
「僕も好きだよ」
「あら嬉しい」
「旦那いつまでいないの?」
「明日帰ってくるわ」
「じゃあ、夜のうちに帰っちゃうのかい」
「ええ」
「寂しいよ」
「私も」

 茶番。まさにこれは茶番だ。元々細い目をさらに細めて笑うヒソカに、こちらも微笑みを返す。こいつと違って私は嘘を吐くのが得意じゃない。
 一週間傍らを空けただけなのにね。

「結婚なんてしちゃって」
「何よ」
「僕が一番だって言ってくれたのにな」
「すぐ嘘を言うんだから」

 何かあったら困るから、私は飲みすぎないように注意しなければならない。最初からそのつもりの人間と交わるのと、友人という名目があるのとでは大違いだ。私はそういう風にヒソカを見たことなどないが、この男はこちらの意識のない時に何をするか分からない。
 一時を回ったところだった。