にじむ夕暮れ

 夕方、棚を整理していたら、師範と姉弟子と三人で撮った写真が出てきた。いつのだか覚えていないけれど、あの人がいるなら十三か十四の時。ここに来たばかりの頃に撮ったのだろうか。五年以上は確実に前なのに、ウイングさんは今とあまり変わらない。もしかしたら私は、最初からこの人のことが好きだったのかもしれない。
 私は昔から曲がったまっすぐさを持った人間だったように思う。環境が環境だったから一人で生きていくことが必要なのだという自覚があった。姉弟子とは物心ついた時から一緒にいてずっと一緒にいると信じていたのに、いつのまにか私は一人ぼっちになっていた。でもそのおかげで涙を出せるようになったから、まあよかったのかなと思っている。生い立ちのせいにするにはあまりに長くここで生きてきたが、きっとこの性格はここに来るまでに育ってしまったものだと思っている。そう思いたい。そうじゃなきゃ彼のような人間に育てられてこうなっている理由が分からない。最近、また本数が増えている。

 今、正確には十か月が経過しようとしているところだ。結婚しても何も変わらないと思っていたが、やはり彼が師範だった時と、彼氏だった時、そして夫になった今、考えてみれば私の感情は大きく違う。思考の結果である行動も。少なくとも師範として見ていた時は男関係が乱れてもいなかったし、自己正当化によって感情を隠すこともできなかった。それが今では、自分の方が正しいと思い込むことで不倫をしている。分かっている。あれは不倫だ。夫以外の男性に体を許すのは間違いなく不倫で、そこに私の気持ちは関係ない。それが一般論であり、彼が一般論に近い考え方をするというのも知っている。付き合っているだけなら他の男に体を許そうが問題はない。その時期一番問題なのは浮気だ。そしてたぶん、私のあれは浮気にあたるのだろう。だから私は不倫も浮気もしているということになる。
 ヒソカのことを好きなつもりは毛頭なかった。あったとしてあの一瞬。なら何故これを浮気と呼べるのか。私はウイングさんに後ろめたさを感じている。いつまで経っても気づかれないのは私がうまく隠しているからだ。気づいてくれないわけじゃない。そうやって彼を試しているうちに浮気は本当のことになっていっている。事実としては何も起こってないのにこれがばれたら離婚に持ち込まれるのではないかという不安がある。私はウイングさんと一緒にいたいのに。彼と幸せになりたいのに。あなたを愛しているのに、何もかもうまくいかない。

 余ったクッキーを口に入れる。そろそろしけってしまいそうだ。このクッキーのことを説明した時、私はヒソカのことを思い出した。ここでの会話を。けれどあれは友達としての会話だった。はっきりと口説かれたわけでも、口説いたわけでもない。なら口説かれた自覚がある今は? あんな奴の言うことを真に受けるなと警鐘が鳴る。あんなのは方便だ。あいつが楽しむために吐いた嘘。こういうところだけ純粋な自分に腹が立つ。
 期待しているのだ。自分が捨てられることのない人間だと認められることを。本当に好きな人には、そんなことを訴えられないから。ああ……。言い訳を重ねていく。

 よく泣くねと言われた。それは私が彼の前でしか泣けないからだ。ヒソカやシャルナークの前で泣いたことはない。彼の前にいると、どうしようもなく感情があふれてくる。死んでしまえばいいのに、と思う。それを彼は許してくれないだろうなと思う。死ねない言い訳に彼を使っている。別に死にたいわけではない。言葉を生成するのがうまくいかない。

 もうすぐ彼が帰ってくるだろう。ばれないように私は顔を洗う。唾液を吐き出す。思考が止まる。目が熱い。
 お願い、止まって。