抉れたてワールド

 緊張が解れるまでそう時間はかからなかった。プリトヴェンはさすがに気の遣い方がうまい。常日頃様々な立場の人間と接するからだろう。口元をナプキンで拭い、ゆっくりと背もたれに背をつける。
 粗方食べ終わり、話すこともなくなったところでドアの音が聞こえ、振り向く。その奥に弟の姿が見え、知らず入っていた肩の力を抜いた。
「お待たせ」
「ああ」
 小綺麗な恰好で再び現れたカリバーンは、慌てる様子もなく席についた。私は意味もなく男の襟元などを見つめ、それからメイドが淹れてくれた紅茶を口に含む。
「なに?」
「え?」
「変かな」
「は?」
「服。見てただろ?」
「そうだったか?」
「気抜きすぎ」
「うるせえな」
 言われてみれば、見ていた気もする。変だとは微塵も思っていないくせに聞いてきたのは、私がぼーっとしていることに気づいたからだろう。「はは」声につられて向かいを見ると、プリトヴェンが楽しげに笑っていた。
「仲良いな、お前たち」
 プリトヴェンがそれこそ子供を見る目をしていて、一瞬言葉に詰まる。それから徐々に羞恥心が沸き上がり、頬に熱が集まるのが分かった。プリトヴェンからすれば等しく子供なのだろうが、あまりに癪だ。
「よくない!」
「そうかな?」
「そうだろ」
「俺は、と仲良いつもりだけど」
「どの口が?!」
「はは……ほら。カリバーンがそういう風に人と接するの、珍しいからさ」
 確かに、カリバーンが他人と親しげに話しているところは想像できない。プリトヴェンもそのあたりを心配しているのかもしれない。そんなに微笑ましいという顔をされてしまうと何も言い返せないじゃないか。
も、素で話してるように見える。意地にならなくていいのに」
「そ……そうじゃなくて」
「そうですよ、姉さん」
「お前は黙って食え」
 カリバーンは肩を竦め、運ばれてきた料理に視線をやった。プリトヴェンにも素で接しているつもりだったのだが、向こうはそうは思っていないらしい。二人で話している時は緊張していたし、それが完全に気づかれていたので無理もない話だが。
 ひとくち、ふたくち、お行儀よく食べていくカリバーンから視線を逸らす。プリトヴェンを見るわけにもいかず、結局色とりどりの花を視界に入れる。
「二人で何話してたの?」
 沈黙を気まずく思ったのか、カリバーンが言った。
「言っていいか?」
「えっ」
 そんなタマじゃないなと思っていると、プリトヴェンが聞いてくるので驚いて彼を見つめてしまう。
が嫌なら、黙っておくけど」
「な、なんか変なこと言ったっけ」
「変なことは何も。ただ……」
「もしかして、俺のこと褒めた?」
「あ」
「え、よく分かったな」
「ふふ」
 得意そうに笑い、カリバーンは食事に戻った。自分の発言を思い出し、大きくため息を吐く。
「ご、ごめん」
「あ、いや、プリトヴェンは悪くない」
 私がいち剣士としてカリバーンを尊敬しているとは、本人が一番理解しているだろう。いくら手合わせしても敵わない唯一の相手なのだ。騎士として、また年上として悔しく思うと同時に、尊敬せざるを得ない。
「昇級試験、見に行くんだよね」
「あ? ああ」
「その後でいいから、また手合わせしてよ」
「よくこの流れでそんなことが言えるな」
が一番、実力差がないからね」
「はあ……」
「俺も見に行っていいかな?」
「え?! 駄目だよ」
「そ、そうか。残念だな……」
「負けるところを兄さんに見られたくないんだよ、は」
「うるさい」
「じゃあ、俺と手合わせしてくれないか?」
「えっ?」
 至極真面目な顔で告げられた言葉に、心臓を吐き出しそうになる。どうしてそうなるんだ。最強の盾に、ただの剣士が敵うわけがない。先ほどの心底残念そうな表情を見てしまうと断るわけにもいかないのだが、この兄弟に敗北を叩きこまれるのもごめんだ。
「兄さんも意地悪だよね」
「そ、そういうつもりじゃ……ただ、の実力が見たくてさ」
 カリバーンが、促すようにこちらを見る。意地が悪いのはお前だろうが。
「……分かったよ」
「本当か!」
「なかなか機会もないし……あなたの満足する結果になるとは、思わないけど」
「いいんだ。……君は気にするかもしれないけど、勝ち負けは大事じゃない」
 討伐にさえ成功すれば問題ないとは、承知している。それでも、自分が弱いと思い知らされるのは苦痛だった。鍛錬を怠っているつもりはないし、討伐任務でも失態を晒した覚えはないが、プリトヴェンに未熟だとでも思われたら立ち直れないだろう。気が重い。
 それから、話題は来月の公務のことに移った。アカグラにてアマノ王子や幹部クラスの者と会合を行うらしい。まだ団長から詳細を聞いていなかったのだが、緊急の討伐任務が入らない限り私の隊が護衛として同行するようだ。ジャクソンのような軟弱者は置いていった方がいいだろうかと思案する。
 他国での公務には、モンスター次第ではあるが基本的には第一王子であるプリトヴェンが赴いている。王子にして最強の騎士である二人が揃って国を空けることはほとんどない。新種のモンスターが出ないとも限らないので、数日くらいどうにかなるとはこちらも言えなかった。
 話している間にカリバーンも食事を終え、膝に置いていたナプキンをテーブルに戻した。
「試験が終わるの、夕方頃だよね?」
「たぶんな」
「兄さんは? 午後の予定」
「夕方に会議があるけど、少なくとも夜には時間を作れるよ」
「じゃあ夜に、訓練場で」
「分かった」
「楽しみだね、
「お前は嫌味しか言えんのか」
「はは、嫌味じゃないよ」
 椅子を引かれ、立ち上がって伸びをする。先ほどと比べて日差しが弱くなっており、時間の経過を感じた。

 歩き出してすぐ、プリトヴェンに呼び止められる。カリバーンは数歩先で立ち止まったものの、帰っていったのが分かった。
「ありがとう。急だったのに」
「え、ああ、全然。こちらこそ、お誘いいただいて」
「はは……また夜に」
「うん、よろしく」
「ああ。楽しみにしてる」
 笑顔から目を逸らし、軽く会釈して私はその場を去った。同じ言葉でも発する人間が違うとこうも印象が違うのか、と思う。どうしてカリバーンが言うとあんなに嫌味っぽいのだろう。嫌味だからだろうな。

 訓練場で各々鍛錬を始めていた自分の隊に指示を出し、昇級試験の場に向かう。副隊長であるルイスは仕事のできる男で、私が会議などでいない時は何も言わずとも隊をまとめてくれる。時間を大幅に過ぎてから訓練場に行ったのに、問題ありませんと言われてしまった。たぶん、カリバーンに拉致されたことをジャクソンか誰かが告げ口したのだろう。頼もしい反面、寂しくもある。
 試験の場には騎士団長と国王付きの護衛隊員がいた。父は私に気づき、片手を挙げた。隣に並び、剣を振る騎士たちを眺める。
「お疲れ様です。どうですか?」
「どう、か。皆横並びだな」
「昇級確定は?」
「全員昇級で構わん。今後を考え、体力面も測っているだけだ」
「え、不合格いないんですか」
「ここで躓くような者は初めから入隊しとらんわ」
 だるそうに答えた父から、護衛隊員に視線をやるが肩を竦められてしまった。優劣をつけるための試験ではないが、例年不合格になって騎士団を去る者がいるのに、その言い草はないだろう。不合格にした張本人が。
「飽きたんです?」
「式典で退屈な話を聞いとる方が有意義だ」
「大変ですね」
「お前は暇なのか。鍛錬しろ」
「隣室の子が悩んでたので」
 視線を巡らせ、ここに来た目的の人物を探す。どうやら昇級し、どこかの隊に所属することは決まったようなので、これ以上見る必要もないのだろうが、一応見ておきたい。
「隣室と言うと、アリア・シュナイダーか。あれはまだ伸びるな」
 父の視線を追い、ようやくアリアを発見する。下等軍服に身を包んだ彼女を見て、肌着のまま窓から顔を出し、朝日を浴びている姿しか知らなかったのだと気づく。
「だが、幼すぎる。実戦投入は先だろうな」
「……」
 朝から彼女を見ている父には、アリアの脆さがよく分かるのだろう。後ろで組んだ腕に力を入れる。
「戦場において、精神力がどれほどものを言うかはお前もよく知っているだろう」
「……はい」
「……やめ! 小休憩ののち、チーム戦を行う! 解散!」
 父の号令に従い、兵士たちは肩で息をしながら思い思いの方向に散っていく。水筒を呷ったアリアは、いつから気づいていたのか、私を見て大きく手を振ってきた。
「たいちょー! 見てましたあ?」
「あ、ああ、さっき来たところだけど」
 大声で呼ばれては敵わない。父に会釈し、アリアの方に向かうと、彼女もこちらに走ってくる。
 こうして並んでみると、確かにカリバーンほどではないが背が高い。それに、父がああ言うということは素質はあるのだろう。アリアはにこにこと笑いながら汗を拭いている。
「楽しそうだな」
「嬉しーんすよ! 隊長が来てくれて」
「そうか?」
「それなりにしんどかったんで……身が引き締まるって感じです」
「ならよかった」
「にしても隊長、ちっちゃいですねえ。ほんとすごいんだなあ」
「幸い、環境には恵まれていたからな」
「えへへ……じゃあたしも頑張んなきゃですね。サイコーの環境だもん」
「そうだな。期待してるよ」
 そう言うと、アリアはまた、照れたように笑った。悔しさを良い方向へ持っていければいいのだが。

 その後行われた二つのチームに分かれての演習では、緊張や疲れから動きが硬い兵士が多くいる中、体力のあるアリアが活躍した。女騎士は他にも数名いたが、昇級しても護衛隊や救護隊に回されるだろう。
「全員昇級とする。所属する隊は追って伝えるので、それまでは自主鍛錬に励むように」
 休憩させていた兵士を集め、父が宣言する。どうすればいいのか分からないといった兵士たちの反応も、ここ数年で見慣れてしまった。
「長時間の試験、ご苦労だった。では、解散!」
 皆ひとまずほっとしたようで、近くの者と話しながら帰っていく。アリアもその一人で、一度笑顔で私に手を振ってきたものの、周りの兵士たちと仲良くなったらしく楽しそうに話している。

 それを見守っていると、父が私を呼んだ。仕事が終わったとはいえ名前で呼んでくるとは、退屈すぎて疲弊したのだろう。
「夕飯でもどうだ」
「え、珍しいね」
「たまにはな」
「予定あるから、何時になるか分からないけど」
 私の言葉に、父は眉をひそめた。
「……王子か?」
「そうですが」
「すぐ終わるのか」
「さあ……なんで?」
「お前自身は自由にすればいいが……お二人とも、もうご結婚されてもおかしくない年頃だろう。あまりお邪魔するんじゃないぞ」
「……あー……」
「日を改めるか。……もうすぐ母さんの命日だしな」
 父はそう言い、去っていった。取り残された私は、夕焼けに染まる足元を見る。夜まで本でも読んでいようと思っていたが、今はただ、体を動かしたい。一度顔を覆い、それから私は、帰路についた。