止まり木

 ──ペロリタウン キャンディキャッスル執務室
 その日の夜、シャーロット家十九男・モンドールは、ビッグマムの命で長兄の城を訪れていた。件の不審者──の話をするためである。
 チーズ大臣になりたてのモンドールだが、それ以前からスイートシティにて図書館の蔵書を管理する立場にあった。そういった理由から、息子の中ではモンドールが一番この任務に適任だというのがビッグマムの考えであり、モンドール自身も自分が力になれることがあればとはせ参じたのだった。
「てことだから、おれも会っとこうと思う」
「なるほどな。その方がいいだろう」
 万国建国以前──つまりビッグマム海賊団が海賊として名を馳せ始めた頃に生まれた子供たちは、往々にして気性が荒く”海賊らしい”。次男カタクリを初め、その多くは武力を磨くことに注力し、いわゆるデスクワークが苦手な傾向にあった。その中で皆をまとめることの多かった長男ペロスペロー、長女コンポートは書類作業を苦としない貴重な人材である。人柄もあり、きょうだいたちからはよく尊敬されていた。モンドールも例外ではない。
 ペロスペローにしても、一人で面倒を見る器量はあれど記録の執筆管理などは専門外である。弟から聞かされたビッグマムの命令に納得し、頷いて紅茶を口に運んだ。
「で、なんなんだ? 異世界人ってのは聞いたが」
「世界を渡ってきたってことらしい」
「世界ねえ……危険はないのか?」
「さあ、おれとしても様子見の段階だ」
「言葉は通じてるんだろ?」
「ああ。どういうことだか分からねェが」
 の様子を思い浮かべながら、足を組む。全てを信じているわけではないが、嘘を言っているようには見えなかったし、媚びてくることもなかった。なにより敵ならば瀕死の状態で現れる意味が分からない。取り入るのならもっとうまくやるはずだ。
「ペロス兄のことだから、心配はしてないが……何かあればコレクションにしろとも言われてる。そん時は言ってくれ」
「くくく……あれにどういう説明がつくのか、興味はあるな」
「なら、一度入れてから出せばいい」
「逃げられたら困るんでね。どうやら殺されると思った時に転移できるらしい」
「ええ? 面倒だなァ」
「まァな。こっちから手出しできねェってのは厄介だよ」
「嘘かもしれない」
「本当だったら、殺されるのはおれたちだぜ」
「そうだけどよ……うちにもメモメモの実さえありゃなあ」
「まあそう言うな。ペロリン♪」
 メモメモの実──記憶の編集が行える悪魔の実。ビッグマム海賊団も探しているものの、その能力の性質上持ち主の特定が難しく、発見には至っていない。以前の持ち主が死んだらしいという噂だけがある状態だ。それさえあれば不審者に記録をつけさせる必要はなくなる、つまりこのように面倒な仕事を請け負う必要がなくなるのだ。
 弟の危惧を理解しながら、ペロスペローは意に介さずステッキを持って腰を上げた。夕飯をとったところだとホーミーズから報告があったので、起きてはいるだろう。モンドールも慌てて立ち上がり、兄を見上げる。
「ペ、ペロス兄」
「ちょうどいい。顔合わせといこう」



 ──能力について
 死にたい、逃げたいと強く願うとどこか別の場所に転移する。
 種族が一定でないこと、自身の年齢や性別が変化することから、世界ごと移動している可能性が高い。言葉は通じる。読み書きも可能(ただし能力が使えるようになった時点では自身の年齢から理解できないことも多かった)。
 能力を得るきっかけは不明。

 不可解な能力である。いつも殺されかけて転移するため、制御できているのかも、正確な条件も分からない。私を診た医者は、内臓はほとんど無事で、外傷もしばらくすれば治るだろうと言った。やはりこれまでとは状況が違う。いくら拷問されようと死ぬ寸前だろうと全く新しい人間として転移していたのに。まあ能力自体だって考えても分からないことではあるのだけれど。ページをめくり、二つ前の世界について書こうとペンを持つ。こんなこと。どうせいつか殺されるのに、こんなことをする必要があるのか。
 不意にしたノック音に返事をして立ち上がるが、ドアに行きつく前に向こうから開けられる。その向こうにはシャーロットさんが立っていた。
「起きてたか。ペロリン♪」
「こんにちは」
「よう。邪魔するぜ」
 シャーロットさんの後ろから、見知らぬ男が顔を覗かせた。シャーロットさんほどではないが背が高く、顔が白い。生まれつきかもしれないが、化粧にも見える。
「こいつは弟のモンドール。お前の記録を見てもらうことになった」
「モンドールだ。話は聞いてる」
「よろしくお願いします」
 モンドールさんがハットをとりお辞儀したので、こちらも返しておく。そういえば昨日、きょうだいがたくさんいるというようなことを言っていた気がする。
「さっそく見せてもらってもいいか?」
「あ、はい。読みにくいかもしれませんが」
 渡したノートをぺらぺらとめくり、モンドールさんが目を通すのを見守る。どうしてこの人が来たのだろう。存在するかは知らないが出版社ででも働いているのだろうか。いくらシャーロットさん一人では大変だと言っても、この人を選んだのには理由があるはずだ。まあどうでもいいが。
「晩飯は?」
「あ、いただきました」
 シャーロットさんはテーブルに目をやり、そう言った。食べてしばらくしてから用意した時と同じ使用人が片付けたので、ちゃんととったかの確認だろう。なぜそんなことを気にするのかは分からないし、他に意図があるのかもしれない。
 少ししてモンドールさんは、よしと言ってノートを差し出してきた。この身長差ではなんらかの授与のようだなと思う。
「もう少し異世界について詳しく書けるか? 話としてまとまることじゃなく、その詳細を期待してるんだ」
「分かりました」
 ダメ出しされてしまった。
「じゃ、おれの連絡先置いてくから……あれ、電伝虫は?」
「ああ、そうか。明日には用意する」
「でん……」
「こいつだよ」
 シャーロットさんが帽子から何かを掴み出す。その手に乗っていたのは昨日電話に使用していたカタツムリだった。どうやらこれが主な連絡手段のようだ。どういうことだか知らないけれど。
「ここにいるんならこいつがなきゃ不便だ。こっちがな」
「はあ」
「これ、おれのだから。なんかあればかけてきていい」
「ありがとうございます」
 モンドールさんがどこからか取り出したメモ帳に何かを書き、破って渡してくる。おそらく電話番号だろう。それを受け取ってノートに挟む。
「私のは明日ついでに教えるよ。ペロリン♪」
「分かりました」
「邪魔したな」
「いえ……」
 二人が部屋を出、しばらくドアを見つめてしまう。それから、抑えきれなかったため息。
 役に立てと言った。これが現状、私の生命を維持するための唯一の手段だ。いつか、殺されるのだとしても──その時私が、本当には死ねないのだとしても。


 自分の叫び声で目が覚める。浅い呼吸と痺れた手足。背中は汗でじっとりと湿り、心地悪い。天井。視線を動かし、作業机と食事用のテーブル、そこに乗っているテーブルランプを確認する。昨日と同じだ。私は転移していない。数秒目を瞑り、冷静になる時間を設けてからようやく体を起こす。シャワーを浴びよう。
 部屋のクローゼットにはいつの間に入れたのか、元々入っていたのか部屋着が用意されていた。ありがたくそれを着、作業机に戻る。朝が来ている。

 ──記録二
 年月:数ヶ月(十五歳程度)
 死因:射殺・処分
 所感:紛争地帯。貧民街に流れつき、子供たちと過ごした。頻繁に紛争が勃発している国境付近の街で、全体的に寂れていた。食糧の奪い合いのため窃盗、暴行は日常茶飯事で、ストレスのはけ口とされている子供もいた。しばらく過ごしたのち男であることが発覚し、特攻部隊として戦地に送り込まれることになるが、同じように連れ去られた子供から裏切られ処分される。

 ──記録三
 年月:数ヶ月(十歳程度)
 死因:機械化に抵抗し暴行を受けた
 所感:機械人のみの世界。人類が滅亡し、それ以前に機械化の処置をおこなっていた者だけが生きていた。処置をおこなった年齢で情緒や記憶も止まっていたため、同じことを繰り返す者ばかりで、感情も決まったようにしか動かない。食事を必要としない(真似事はしていた)彼らの目を盗んで外に出ていた。見た目はほとんど生身の人間と変わらない。機械化が全てであるという思想を持っており、抵抗していたがある時捕まってそのまま解剖される。

 人の死に理由などない。意味などない。人は簡単に人を殺せるのだ。どれだけの善人でも(そもそも定義は世界やコミュニティによって異なるが)、非力な存在でも同じことだ。方法はいくらでもあるのだ、と、私は知っている。
 チチチ……。
 大人しく使用人が用意してくれた朝食をとっていると、鳴き声がした。窓の方に顔を向ける。換気のために開けていた窓から鳥が入ってきたらしい。黄色地に赤い模様の、片手で掴める大きさの鳥。あれはパンとかを食べる種類だろうか。今は小さいだけで、成長したら人を丸飲みするほど大きくなるかもしれない。そんな獰猛な動物が簡単に家に入ってくる国なら、こうも平和ではなかっただろう。作業机に手を伸ばし音を立てると、鳥がこちらに気づいてぴょんぴょんと近寄ってきた。人慣れしている。
 パン屑を差し出す。怪我もしていないのになぜここに入ってきたのだろう。まあいい、そのうち出ていくはずだ。小刻みに首を動かしながら屑を食べる姿を眺めながら、水を飲む。
 朝食を終えても、鳥はそのまま部屋にいた。放っておいたせいか、気づいた時には窓の桟でうたた寝をしていて感心してしまった。親鳥などはいないのだろうか。巨鳥に襲われるのが死因になるのはなんだか情けないな。でも、その方がいいのかもしれない。感情や立場、環境──人間に振り回されるのには、もう疲れてしまった。
 ため息を吐いたタイミングで、ドアがノックされた。シャーロットさんだろうかと思いながら立ち上がる。ドアを開けるとそこにいたのは昨日私の治療をしてくれた医者だった。
「まあ」
 驚いたような呟きに首を傾げるが、医者は肩を竦めて笑うだけだった。
 要するに、包帯の類が全て外された体を見て、シャワーでも浴びたのかと呆れたということらしい。一応眉を下げておく。
「だめよ、悪化するでしょう」
「すみません」
「次は背中ね」
「はい」
 傷に障るだろうとは分かっていたが、替えがなかったし、汗を流せるのならばそうしたかったのだ。それに、傷なんて放っておけば治る。などと口にできるはずはないけれど。背を向け、そこに触れる軟膏か何かの冷たさを感じる。
 シャーロットさんに言われて診察しに来たのだろうか。やはり随分丁重に扱ってくれている。記録を優先させたいがために、その障害となりうる肉体の破損を修復しておけということだろう。ありがたいことだ。
 前を向くよう促されたとき、鳥が鳴き声を上げた。医者があらと微笑む。
「かわいいわね」
「はあ」
「飼うの?」
「いえ……」
 飼うも何も、ただここで休んでいるだけだろう。腕の傷に消毒液が染み、すこしだけ顔をしかめる。特に言いたいことがあったわけではなかったが、医者が先を言うように首を傾げるので、目を逸らす。
「いたいならいればいいし……どこかに行きたいなら行けばいい。それだけです」
 まあ、居つくのであればシャーロットさんには許可をとらなければならないのだが。医者の指先が包帯を巻き、小さな結び目を作るのを見つめる。
 返事をしているかのように、鳥が声を上げる。
「優しいのね」
 沈黙ののち、医者が呟いた。思わず顔を上げ、その笑みを視界に入れる。
「優しい?」
 風が吹く。私の髪を揺らし、おさまる。
「ふふ。……はい、これで終わり」
「……ありがとうございます」
 興味がないだけだ。私の責任の範囲外のことに、執着できないだけ。私を優しいと評するのはそれだけあなたが善性を持っているからだ……どれも口に出せず、立ち上がる医者を見守る。
「明日は朝に診にくるから、シャワーはなるべく控えてね」
「分かりました」
 そう言って、医者は部屋をあとにした。桟をぴょんぴょんと行き交う鳥に目をやる。追い出さないことは優しさじゃない。優しい人だな、と思う。私と違って。

 昼食をとったのち、昨日モンドールさんに言われたことを思い出しながら記録の肉付けをする。自分すら理解できない能力、ただの殺され日記、こんなものを海賊団のトップが読んで何になるのかは分からないが、与えられた仕事だ。とはいえ殺され方だってほとんどはただの一般市民としてのもの。圧政にすら役立たないだろう。
 鳥がまた、作業机に降り立つ。顔を上げ、もうそろそろ日が傾くなと思う。手のひらを差し出すと鳥はこちらに来て、指先をつついた。餌じゃないぞ、ここを気に入ったのか、と心の中で声をかけるが、そいつは当然理解する様子もなく、手のひらに乗る。ひんやりとした脚。
 命を握られているのだ。私も、お前も。
 そうしてぼーっと鳥の動きを眺めていると、ドアがノックされた。
「はい」
「私だ」
「はあ」
 どうぞというのも違うかと思い曖昧な返事をするが、来訪者は特に気にしなかったのかすぐにドアは開いた。鳥を置いて立ち上がり、迎え入れる。シャーロットさんは愉快に笑いながら部屋に入ってきて、手に持っていたものを作業机に置いた。巨大カタツムリである。思わず眉をひそめ、目を逸らす。
「ん?」
 と、シャーロットさんが腰をかがめた。棒みたいだなと思いながら視線を追うと、先ほどの鳥がいる。まずい。許可をとる前に見つかってしまった。
「すみません。つい餌を」
「いや? 珍しいと思っただけだ。とりあえずこいつの説明をしておこうか」
「あ……はい」
 鳥のことは見逃されたようでひとまず安堵する。まあ、城の一室に鳥がいるくらい気にならないか。シャーロットさんの指すカタツムリに視線を戻し、説明を聞くことにする。
 電伝虫というのはこの世界に流通している主な連絡手段で、特殊な電波を発する生き物を改造したものらしい。受話器とボタンを取りつけただけなので個体によっては気まぐれに逃亡することもあるが、シャーロットさんが持ってきてくれた個体は元々使用人室で使っていたものだから大丈夫だろうとのことだった。
「大きいですね」
「ああ、昨日使ってたのは持ち運び用の子電伝虫だ」
 種として大きいと言いたかったのだが……。シャーロットさんの手のひらに乗せられた小さなカタツムリを見て、説明に頷く。シャーロットさんはそれを手に乗せたまま、開きっぱなしだったノートをめくってペンをとった。
「私のはこれだ。試しにかけてみろ」
「あ、はい」
 そこに書かれた番号を見ながら、カタツムリ──電伝虫の横のボタンを押し、受話器をとる。すぐに本体と隣からぷるぷると聞こえた。シャーロットさんがその手のものをつまむと、がちゃと言って双方が目を閉じたので、受話器を戻す。
「何かあればかけてきていい、今はそう忙しくないからな」
「はい」
「それと、あとでモンドールにもかけてやれよ」
「え……」
「あいつもあいつで気にしてるだろうからな。ペロリン♪」
「……そうしないといいものができませんから」
「なんだ、昨日のを気にしてるのか?」
「いえ……」
 意地を張ったように思われただろうか。だが、モンドールさんがこれからも私の記録を管理するのであれば、連絡はとれるようにしておかなければならないのは事実だし、昨日のことを気にして言ったわけではない。何を思ったか少しの間を空け、シャーロットさんはステッキを持たない方の手を腰に当てた。
「あいつは真面目なやつだ。仕事として真剣にやりてェんだろう」
「……はい」
「そういえば、生活に必要なものがあるなら用意するが……何かあるか?」
「え?」
「服とか、色々あるだろう」
「いえ……外には出ませんので」
「そうか? 変なやつだ……まあ思いついたら言えよ。できる範囲で用意するから」
「……ありがとうございます」
「あ、それと、今日はおやつは一人で食べてくれ」
「え……はい」
「悪いな。じゃ」
 顔を上げ、ドアに向かう後ろ姿を見る。おやつとやらが今日も与えられるとは思っていなかった。律儀な人だな、と思う。何をしているのか知らないが、おそらく仕事で忙しいだろうに自分で電伝虫を持ってきてくれるところも、必要なものを確認してくるところも。
 私はいつまでここにいられるのだろう。記録が終わる時までか。殺されるために努力するなんて、滑稽な話だ。作業机の前にしゃがみ、お前もそう思うだろうと、鳥と目を合わせる。首を傾げた鳥に、ため息を吐いた。