赦し、食い漁れ

 シャーロットさんの治めている島は、美しい建造物で埋め尽くされていた。万国というのがビッグマム海賊団の縄張り全体の名称で、何十もの島をビッグマムの子供が統治しており、彼の管轄であるこの島はキャンディ島と言うらしい。島民は彼を慕っているようで、城に辿り着くまでひっきりなしに声をかけられていた。着替えさせられて包帯も汚れも隠していたとはいえ、人目につくのはあまり得意ではない。
 城に着いた途端に豹変でもしたらどうしようと内心怯えていたのだがそんなことはなく、使用人に私を任せて本人はさっさとどこかへ行ってしまった。仕事がどうとか言っていたので忙しいのだろう。
 案内された部屋で靴を脱ぐ。先ほどの部屋はどちらかと言えば子供部屋という印象だったが、ここは客室然としている。入口と別にドアがあったので開けてみるとバスルームがあったので、使用人の女に風呂の使い方を教えてもらうことにする。傷に障るかもしれないが、潮風でべたつく肌を流したかった。どうせいつか殺されるはめになるのなら、今のうちに平和を謳歌しておこう。これほどの待遇は受けたことがないわけだし。


「城では客室を使うといい」
 キャンディ島へ向かう船の上、また優雅に紅茶を嗜みながら、男は言った。
「いくつか聞きたいことが」
「ああ、なんだ?」
「海賊というものに詳しくなくて。城を持っているものなのでしょうか」
「島を治める海賊がそこで何をしようと、そいつの自由だからな」
「侵略行為はあまりしない?」
「するさ。ママが欲しがるものがあればな、ペロリン♪」
 どうやらこの妙な語尾は口癖らしいが、キャンディを模した杖を持っていることや治めている島の名前から、相当飴が好きなのだろうと分かる。些事だ。
「たとえば、何を?」
「主にお菓子の材料だが、これは現状傘下の島に納めさせることでほとんど解決している。あとは未知のお宝……稀少な種族もその一つだ」
「お宝……」
「ママの夢は、全ての種族で食卓を囲むことだ。コレクションとは別に様々な種族の夫を用意し、毎年子を産んでいる。つまりビッグマム海賊団は、血の繋がった大家族でもある」
「へえ……じゃあ、あなたにもご兄弟がたくさんいるんですね」
「ああ、かわいい弟や妹たちがな」
 こんなに色々教えてくれていいのだろうかと思うが、名字を知らなかった際の反応を見るに、子供でも知っているようなことなのかもしれない。遠くに見えるファンシーな島々。随分大きな組織だ、と思う。
「私はあなたの城で、これまで渡ってきた世界のことを記録すればいいんですよね」
「そうだ。そうすりゃ安全は保障してやれる」
「もしも、書くことが尽きたら?」
「ペロリン♪ その時は逃げたいと思う間も与えず、殺してやるさ」
「情けですね」
「私は慈悲深い男でね。ま、生きてェなら別だがな」
 冗談だろうがなんだか納得してしまった。そもそも慈悲の心が少しもなければ、いきなり現れた瀕死の人間の手当てなどしないだろう。ビッグマムの命令がある以上、記録を終える前に私に逃げられては困るのだろうけれど、城の客室を与えるのも彼なりの心遣いに思えた。


 シャーロットさんとの会話を思い返しながら、浴室を出る。ビビりのくせに妙に信じやすいから、これまで散々な目に合ってきたというのに。理不尽そうな親のもとで大家族の長子(弟や妹と言っていたので恐らくそうだろう)として生きてきた彼は、その過程で人を信じさせる術を身に着けたのだろう。知らないが。
 使用人が用意してくれた服を着、部屋に戻る。使用人の姿は既になかったが、テーブルにセッティングされた料理はまだ作りたてのようだった。そういえば何日も何も食べていないと思い出し、思わず生唾を飲む。いきなりこんなに食べたら倒れそうだと思いつつ、ソファーに腰かける。
 何も指示されていないが、食べ終わったらすぐに記録を始めるべきだろう。なんだか分からない肉らしきものを咀嚼しながら部屋を見渡す。一人で使うには充分すぎる広さだ。窓際にあるテーブルに、本が置かれていることに気づく。ノートの類だろうか。あれに書けということかもしれない。何から書けばいいのだろう、初めからでは忘れてしまったことが多すぎて、効率が悪い。一つ前から順に思い出していこうと決め、口の中のものを飲み込んだ。


 ──記録一
 年月:二十二年(推定二、三歳から)
 死亡理由:処刑
 所感:外界から隔離された村。地図の存在を知っている村民がいない。おそらく近親交配も行われていた。育ての母は村から排除されることを恐れ、私を実子として育てた。二十年経った頃、村長の死亡によりその息子が長となり、さらに暴力的な支配に。育ての母は食糧を納められず拷問ののち死亡。死ぬ間際に私が実子でないことを明かす。怒りの標的となり、拷問及び処刑される。

 用意された食事を時間をかけて食べ終え、ノートに向き合う。昨日までいた場所のことだ、思い出せないなんてことはないが、感情を抜きに書くのが案外難しい。正解の分からない作業は骨が折れるな。ため息を吐き、窓の外に目を向ける。通された時は明るかった部屋が若干陰っていて、もう少ししたら日が傾くのだろうかと思う。朝と夜があるところの方がやはり過ごしやすい。
 ぼーっと考えているとドアがノックされた。
「はい」
、入るぜ」
 シャーロットさんが部屋に入ってきたので、一応立ち上がる。彼の後ろから入ってきた使用人が、食器を片付け、代わりにティーセットらしきものを並べていく。シャーロットさんは構わずこちらに近づいてきて、ノートを覗き込んだ。
「さっそく書いてるみたいだな」
「ええ、まあ」
「拷問……そういやァ、医者を手配しといたから後で診てもらえよ」
「え……」
「その怪我でよく動けるもんだ。骨も内臓も無事らしいな」
 言われてみれば、あれだけ殴る蹴るの暴行を受けておいて何故普通に動けるのだろう。痛いことは痛いが、寝たきりでもおかしくない怪我のはずだ。勝手にこの男が魔法か何かで応急処置をしてくれたのだと思っていた。そもそも体の状態が前の世界のまま転移するのが初めてなので、どういうことなのか分からない。
「まあいい、それより今はおやつの時間だ」
「おやつ?」
「知らないか? 大人も子供も、休憩がてらおいしいお菓子を食べるんだ」
「習慣の一つですか」
「ああ。ママも私たちも大の甘いもの好きでな、自然と根づいた文化だよ」
 言いながら当然のようにソファーに座り、彼は杖をテーブルに立てかけた。
「シャーロットさんと?」
「一人じゃ味気ねェだろ?」
 監視の意味もあるのだろうが、おやつというのは人と行う習慣なのかもしれない。前の世界で育ての母がよく私と食事をとろうとしたことを思い出す。様々な文化を見てきたが、食事は誰かととる方がいいという考えを持つ人はそれなりに多い。集団生活はそういった幻想を生み出すものなのだろう。促されるまま彼の向かいに座り、使用人が紅茶をカップに注ぐのを見る。
「お仕事はいいんですか」
「お前の話を聞くのも、私の仕事でね」
「なるほど……」
「さっきは時間が押していたからな。お前がちゃんと記録を始めているか確認する必要もあった……まあホーミーズに聞けば済む話だが」
「ホーミーズ?」
「さっき本棚と話していただろう? ママが魂を与えると、ああして自我を持って動くのさ」
 なるほど、付喪神ではなかったようだ。魂を与える……というのがよく分からないが、魔術をもって眷属を生み出すのと近いだろうか。
 とにかくそいつらがこの部屋にもいて、私の様子を報告させればいいということらしい。彼がわざわざ出向いたのは医者の件を伝えるのと、やはりおやつをご一緒してくれようとしたのが理由か。慕われるわけだ。
 使用人が部屋から出ていき、彼がフォークを持つのを見る。常識やマナーはないが、目上の人間の行動を観察するのが大事だとは経験から理解していた。彼が一口食べてから、私もフォークを手に取る。
「我が妹ながらいい仕事をする。ペロリン♪」
「妹さんが作ったんですか?」
 つやつやした液体でコーティングされたフルーツの乗った、タルトケーキ。上品でかわいらしい。
「ひとつ下の妹は、フルーツ大臣でな」
「フルーツ大臣……」
 スイーツ内閣?
「妹の島から送られてきたものだ。さすがに素材の活かし方を分かっている」
 謎の大臣制度も、ここでは普通のことのようだ。確かにスポンジもクリームも甘さが控えめで、フルーツの甘みが引き立っている。気がする。細かいことは分からないが、もちろんこれほどおいしいケーキを食べたことはなく、いくらでも食べられるという気になってくる。タルト生地もなめらかで食べやすい。黙々と食べていると向かいから視線を感じ、はっと手を止める。
「す、すみません」
「あ?」
「何か失礼を」
「ん? いや、いい食いっぷりだと思ってな。妹も喜ぶぜ」
「恐縮です……」
 咎められなかったことで恥ずかしさがこみ上げる。実際生きてきた年数で言えばこの人より多いはずだが(見た目からはそう推測できる)、幼いと思われただろう。前の世界で子供として振る舞う癖がついてしまったのも原因だ。
「ところで、お前見た目通りの年齢じゃねえんだろ?」
「え? ええ、はい」
「だいたい何歳なんだ?」
「さあ……百とか、いってるかもしれないですね」
「そりゃすごい。大先輩だ」
「や、やめてください。今は二十代です」
「くくく! 案外気にするんだな」
 見た目が年上の人間から先輩扱いされるのは、なんとも居心地が悪い。それに何年生きたって転移する先々で年齢が変わるのだ、中身もある程度は外見年齢に寄ってしまう。最後のひとかけらを口に放り込み、紅茶を口に含む。苦みの強い品種なのか、ケーキの甘みがそう感じさせるのかは分からないが、先ほど出されたものとは違う味がする。
ってのは?」
「……というと?」
「本名じゃねえだろ」
「ああ……前のところで、育ての母がつけてくれた名前です」
「なるほど」
「名前なんてなんでもいいんですが……まあ、せっかくつけてもらった名前ですから」
 私にとって名前は識別記号でしかなく、本名であるかなどどうでもいいことだし、今から別の名で暮らせと言われても何も思わない。だが、様々な理由で名前にこだわる人間がいるとは理解している。この人──この国もそうなのだろう。特にきょうだいが多いのなら、自分の名前を大事に思うのかもしれない。
「もしかして、シャーロットさんとお呼びしない方がいいですか?」
「好きに呼べと言っただろう?」
「まあ……」
「そう呼ばれて困るのは、弟たちと区別する必要がある時くらいだ。呼びづらくねえかとは思うが……おっと」
 ぷるぷると音が鳴り、彼は帽子に手をやった。音からして電話だろうか。彼の手に握られていたものを見てぎょっとする。かたつむりだ。かたつむりが、ぷるぷると言っている。
「誰だ?」
 がちゃ、まで言わなかったか、このかたつむり。どうやら携帯電話の機能がある生き物らしい。
『ペロス兄。俺だ、モンドールだよ』
「お前か。今取り込み中でな、後でかけ直す」
『ああ、分かった』
 生き物と言っていいのかも謎だ。再びがちゃと言ったかたつむりを帽子に戻し、彼は立ち上がった。
「悪いが、急用だ。紅茶はゆっくり飲むといい」
「ありがとうございます」
「邪魔したな」
「いえ……」
 私も立ち上がり、彼を見送る。かたつむりについて聞きそびれた。まあいずれ機会があるだろう。
 嵐のような人だな、と思う。よく喋り、よく笑う。ビッグマムの前では焦ってもいたし、元来感情表現の豊かな人なのだろう。なんにせよ、聞いたことに答えてくれる、私の呪いを知っている人がいるというのは非常に心強い。カップに残った紅茶を飲み干し、作業机に戻る。今はとにかく、記録を進めなければ。他にやることもないし。
 なんとなく一つ前の世界のことから書き始めてしまったが、そもそもこの力について書いておいた方がいい気がしてきた。生き残るための仕事ではあるが、これまでの人生をまとめるなんてことをやったことがないので、整理する意味ではいいかもしれない。もしかしたら──呪いを解く方法も、見つかるかも。自身の考えの浅さに笑いが漏れる。気持ちを切り替え、ペンを手に取った。