迫る炎
愉快そうに笑い声をあげる老人を見て男は眉をひそめた。いつものことながら考えの読めない人だ。
「あの子供が来ると思ったが、お前さんが許すはずもないか」
「執事長の仕事ですので」
「ほお、執事長の」
「……大旦那様」
「まあまあそう睨むでない。もお前も、ワシの見てない間に随分変わったようじゃな」
黙って先を促すが目の前の相手にそれが通用するはずもない。はともかく自分に変わったところなどあるだろうか、男は老人から目を逸らさずに考える。そもそも見ていない間と言っても年単位で会っていなかったというわけでもない。こうして二人で話すのは確かに久しぶりだが、そのように表現するほどに間が空いていたとは思えなかった。
「しかし素直なところは相変わらずじゃ。どうせ来るだろうと思ってあの爺には言っておいた」
「は」
「ま、向こうも今忙しいみたいじゃが、どうにかなるじゃろ。前回からあれに後遺症はあるのか?」
「特にそのような様子は見受けられません」
「お前さんあれをどう思う?」
あれをどう思うとはなんともアバウトな聞き方だ。の呪いが解けるかどうかということか、についてどう思うかということか。どう答えるべきか迷っていると、主は足を組み、顎を撫でるようにした。ふっとオーラが重くなる。
「ワシには戻りたがっているようには見えん」
は鼻が利く。それは生まれもったものか育ちのせいか、それとも呪いのせいかは分からないが、とにかくひどく勘が鋭いらしい。本人はあまり口数の多い方ではないので男の他にそれを知っている者はいないであろう。老人の目が男を見据え、また面白そうに笑みを浮かべた。この老人もまた勘の鋭い方である。
「あの部下の方が余程必死じゃろ」
「仰る通りでございます」
「それからお主も」
「……私ですか?」
「いや、以外と言った方が正しいじゃろうな。あれはどうもおかしくてならん。もしかしたら、戻れないと思い込んどるのかもしれんが」
「大旦那様」
「なんじゃその顔は。ワシに聞いたところで何も解決せんぞ」
「申し訳ございません。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ワシの言うことが分からないと見える。で、なんじゃ」
「あの部下のこと、どのようにお思いになりましたか」
「大体お前の思うのと同じじゃろ」
「……左様で」
「しっかり飼い馴らさんと、痛い目を見るのはお主じゃぞ」
「承知しております」
一体どういうつもりで言ったのだろうと思う。しかしそれも自分次第か。男は背筋を伸ばしたまま腰を曲げ、一度瞳を伏せた。本当に飼い馴らさなければならないのはきっとあの男ではないが、老人の伝えたいことを自分が完璧に受け取れている保障はない。
別邸に戻ると部下の一人が駆け寄ってきたので、立ち止まる。今の立場に収まる前、直属の部下をあの三人で固めたのは主の厚意によるものだったのだろうか。
「ゴトーさん」
「なんだ、そんなに慌てて」
「が」
獅子の子というのは主が女につけたあだ名のようなものだったが、こうなってしまうとそれ以外に表現する言葉が見つからないくらいだと男は思っていた。満月の日に獅子となり、咆哮を上げる女。その周期が狂ったことはなかったが、男の推測では何等かの力によって前後することは有り得るはずだった。サロと共にの部屋に向かう男は、その獣と対峙することになる。