躓く風音
湿った風が強く吹きつける夜、ワイシャツが肌に張りつく感触が未だ残っている。小さく漏れた声が誰かに届いたかは分からないけれど私は確実に狼狽え、生も任務も全て諦める寸前だった。生き残ることを教わっていなかったとだけ言っておこう。拾われる以前の私ならいざ知らず、あの頃の私は何もかもが鈍っていたし、またそれを皆知っていた。
獅子の咆哮を浴びるまでは。
「いつまで呆けているつもりだ、」
いくらか怒りをにじませた声の主は私の肩口をきつく縛り、適切な処置を施した。いつから、私は呆けていたのだろう。見上げれば当然のように目を逸らされて私はもう一人の男を見る。仲間が死ぬことは珍しくない。しかしサロにとって私やハルイ、そしてゴトーは特別な存在らしかった。
「よかった」
サロは息を飲んでしっかり私の顔を見た。口をついて出た安堵は今になっても受け入れられていないように思う。誰も私の思いを受け取る人間はいない。ハルイが巻き込まれなくて、お前が一人にならずに済んで、私の他にあれを浴びる者がいなくて、敵方の男が助かって、本当によかった。もちろんあの時の私は、自分の体が今後どうなるのかなど知らなかったのだけれど。
人を殺すことにためらいがあるわけではない。それでもあの「ペットたち」を見てしまえば、目の前の人間を庇いたくなるのは当然だったと思う。そして、ここでは咎められるべき行為であるということも、分かっている。けれど……能力的に獅子に対抗し得るのは私だけだったのだ……、「獅子の子」である私だけ。
目が覚めた時まだ深夜の二時頃だったので、息を吐きながら体を仰向けにする。風の音だ。鼻も目もあまり利かなくなってしまうので風は嫌いだった。たぶん、昔から。
あの日のことは私たちのほかに誰も知らないはずだった。私たち、ゴトーとサロ、それからザウル。しかし何故か大旦那様はあれを知っていた。知られていいことではないが、あの人が知っていたということはある程度の人数には知られてしまっているのだろうと思う。
咄嗟に誰かを庇うという行動を私がとることができると、あの時まで知らなかった。もしかしたら過去の自分と重ねてしまったのかもしれない。見捨てられそうになった男を私は庇い、その結果、あいつは私の部下になった。
「」
いい加減にしろと言いたげな顔をして、しかしゴトーは許してくれた。罪悪感の押し付け先が分からないのは、あの男も同じなのだ。そして、「いらない情」を私たちに抱いてしまっている。そのせいで体が動かないなどということはなかったけれど。……私は愚かな人間だった。
カーテンの隙間から見える月は半月の何歩か手前くらいのカーブで、淡い光を発している。眺めていると薄い雲が幾度か通り過ぎていった。そうしていても仕方がないのでとにかく布団にくるまって横になる。
ざわざわという音。私は心地の悪いぬるま湯に包み込まれていく。きっとその先には誰もいないと信じて、目を瞑る。