余す情動
言葉もまともに話せなかった頃の私は、確かに人間とは言い難い存在だった。それがようやく人間になれたのがきっとここに来てから五年ほど経った頃。そして今から数か月前、私は再び人間ではなくなってしまった。単純な話だ。敵の術中にはまったというだけの。
庭で水やりをしていると球体がこちらにやってきたので、とりあえず頭を下げる。雇い主の孫の一人である。一体どうやって仕事をしているのか謎だ。誰に似たのか、今日も苛立っている。
「おい、キル見なかったか?」
「申し訳ございません。本日はお見かけしておりません」
「役立たず!」
「申し訳ございません」
とにかく謝っておくと男はふんと鼻を鳴らした。これはよくない。誰でもいいからここを通らないだろうか。できれば旦那様、それから長男。奥様は嫌だな。いや、彼の探し人さえ来てくれればいいのだけれど。
「お前がキルの代わりでもいいんだぞ」
「お望みとあらば」
「ふん。お前らほんっとつまんないよな」
「申し訳ございません」
「それしか言えないのかよ!」
「申し訳ございません」
何を望んでいるのかさっぱり分からない。憂さ晴らしと暇つぶしだろうが、それなら私よりも面白い反応を返す執事はいるし、キルア様を探した方が手っ取り早いはずだ。そういう冷静な判断ができる人ならこうはなっていないと思うが。男は舌打ちし、次に何を言おうかと考える間を空けた。私はいつまで仕事の手を止めなければならないのだろう。
少しして男の肉厚な唇から大きなため息らしきものが吐き出された。
「命拾いしたな」
「ありがとうございます」
「そうじゃないだろ!」
「申し訳ございません」
「あーもういい! お前と話して損した」
「キルア様がいらっしゃったらお伝えしておきます」
「独房な!」
「かしこまりました」
何がどうして心変わりしたのかは分からないが、殺す気は失せたらしい。しかし元々殺気など出ていなかったし、はったりだろう。ただ苛ついていただけだ。最近どんどん丸くなっている背中を見送り、仕事を再開した。
私はミルキ様が戦っているところを見たことがない。まあこの家の次男として育っているのだから彼なりの暗殺法があるのだろう。少しだけ興味がある。自分があのくらいの歳の頃はどうだったか、はっきり思い出せない。じいさんに拾われ、今は亡き執事の女に育てられ、執事養成所に入り……執事見習いを経て、ここに至るまでに何年が過ぎただろう。
「あ! ねえ、ミルキ見なかった?」
視線を向ければふわふわと揺れる銀髪。恐ろしい子供だ。寸分違わず恐ろしい。
「先ほどキルア様を探してこちらへ」
「やっぱりな。サンキュー!」
「お気をつけて」
情を失わずにいる男を思い出す。あの子供が直接関わることの少ない私の名前を覚えているのは、彼の影響だろう。
情か。時計を確認し、そろそろ別邸に戻ろうと思う。もうこちらに交代の執事が来ているはずだ。