揺らぐ灯火
「あの人に会うにはどうしたらいい」
本邸を出てしばらくして男が私の手首を掴んだ。振り向かずにその手を解こうとするが、ぐっと力が籠められて叶わない。昔からそうだ。あのじいさんは私たちに甘い。そして私の上司もそれを分かっている。さん。あまりに悲痛な声を出すものだから、私は思い切り男を投げ飛ばしてしまう。男は小さくうめき声を上げた。手首は少し赤くなっている。
「私にその権限はない」
「……執事長か」
「立って。早く戻らないと」
「三か月も経って、なんであんたがそのままなのか分からなかった。駄目だったんだってな。あんた以外のペットは全部死んだらしいんだ。早くなんとかしないとあんたも」
「憶測でものを言うな、ザウル」
獅子の子か。ため息を吐きながら、歩みを再開する。男も土を払ってついてきた。ゴトーが失敗したとこいつに話すとは思えない。サロが本当に私の体を治す方法を探したくて話したのだろう。もちろんザウルだって当事者の一部ではある。だが、この男に言うべきではなかった。
それから別邸に着くまでお互いに一言も発しなかった。明日になればまた何食わぬ顔で接することになるだろう。未だ痛みの残る手首を見る。
執事長室のドアには鍵がかかっていた。別に一日中ここにいるわけではないと知っているのに、あの後だからか気分が落ちる。頭をかき、自室に戻ろうとしてふと窓を見る。やることもないしここで待つか。窓を開けると風が髪を揺らした。窓のさんに腕を乗せる。
ザウルはゴトーにどう許可をもらうつもりでいるのだろう。いくらゴトーがゼノ様の直属だからと言って、ザウルを会わせることができるだろうか。そしてじいさんに会えたとして、そこから除念師にたどり着くことが……できそうだな、と部下の顔を思い浮かべる。しかしあまり気乗りしない。何故だろう。人間の体に戻る足がかりが出来たかもしれないのに。
もしかしたら私の体は……。足音がして、私は瞬きをする。
「袖が汚れるぞ」
「……そうかも」
待ち人はそう言ってポケットから鍵を取り出した。腕を引っ込め、窓を閉める。思ったより早く戻ってきたことに安心する。男に続いて部屋に入り、男が椅子に座るのを待った。
「ザウルが、大旦那様に会いたいって」
「何?」
「たぬきだな。あの爺は」
「口を慎め」
「除念師へのツテがある知り合いがいるらしい」
「……おそらくハンター協会の会長だな。そのザウルはどこにいる」
「部屋に帰した」
聞かれたことに答えていると男はいつものように眉をひそめ、眼鏡を上げた。そのまま片手をテーブルに置き、指先を動かしている。ザウルは勝手に行動したりはしないはずだ。一応今は私の部下であると理解しているだろう。
「本当に除念でなんとかなるならいいがな」
「……たぶん……いや」
「試してみる価値はある」
「まあ、ね」
「ゼノ様には俺から話をつける。ザウルには言うな」
「分かった」
「サロが戻ってきたら相手してやれ」
「トレーニングルーム空いてるのか」
「ああ」
「そう。じゃあ一旦部屋戻る」
「そうしろ」
久しぶりに本気を出してすっきりしたいと思っていたところだ。同僚の中でも数人しかちゃんと相手できるやつがいなくて困る。そのうちの一人は、今日はずっと本邸のようだし。
いくら憂いたところで実際にやってみなければ分からないのだ。そして、なんとかならなかったら今度こそ私は諦めるべきだろう。人間として生きることを。