でもそれが全てではないよ

「ただいま」
「……おう」

 バイトから帰って家に人がいるというのは違和感があった。プログラムされた思考から現実に戻ってきた感じがする。普通にベッドで寝転がってでもいるのかと思ったら、ベッドの上で壁に寄りかかって座っていた。ドアの音で気づいて起きたのかもしれない。その姿勢で寝たら首痛くなるだろと思う。と、すぐに首を鳴らす音。
 なんでだろう。……なんでだろうと思うことが多すぎて思考停止しそうになる。再会を思い出したせいだろうか。退勤時ついでに買ったサンドイッチとパスタの入った袋をテーブルに置き、脱ぎ散らかされたフィンクスの靴を端に寄せた。リュックを椅子に下ろす。

「今まで何してたの」
「あ? あー……寝てた」
「……あ、そう」
「なんか買ってきたのか」
「朝ごはん」

 バイト疲れからかいつもなら聞きたくても聞かないことが口をついて出た、その答え。どう言えば私が納得するかを考えた結果が寝てたなのだからすごい。別に構わないけれど。なんだか家から出たのかも怪しいし鍵を置いていく必要はなかったかもしれない。サンドイッチを投げると握りつぶしそうな勢いで受け取った。手の動きが速すぎて怖い。パスタをレンジに入れて温め始める。どうせすぐは熱くて食べられないから煙草を吸おう。

 今日の空気は昨日よりちょっと生ぬるくて、まだ湿っている。風もなく穏やかと言えば穏やかだ。吐き出した煙はそこらを漂いながら消えていく。
 なんでだろう一つ目、昨日現れた理由。仕事があったにしてもだ、この間来たばかりだったしわざわざ一時間かけてまで。二つ目、今日仕事が終わるまで家にいていいかと言ってきた理由。三つ目、そこからそもそも何故この人はここに来るのか。四つ目、そこからさらにそもそもの話、あれから何年も経ってからどうして急に私の前に現れたのか……。たぶん理屈で考えればすぐに分かることだ。でも信じる根拠がない。根拠なんてここに来るというだけで充分だと、思えない。その感情が生まれた理由があそこで私を助け、少しの間一緒にいたからだというならなおさら。
 ……たぶんそれは同情だ。


「は、い?」
「眠いならさっさと食って寝ろよ」
「えっ?」
「灰落ちてんぞ」
「あ」

 言われてすぐ立ち上がり、座った太もも、ズボンの上に落ちていた灰を落とす。よかった、まだ吸える分は残っている。

「ごめん」
「俺に謝ってどうする」
「……確かに」
「大丈夫かよお前」
「うん」

 煙で頭がどうにかしていたのかもしれない。ためらう間もなく頷いた私にフィンクスがそれ以上何かを言うことはなかった。言いかけたのを飲み込みため息に変えたのを分かっていて無視した。ちゃんと根元まで吸いきって足元に転がす。踏みつけると地面に黒い跡が残る。軽く靴を擦って汚れを落とし室内に戻った。

 パスタは麺同士がくっついて食べにくい。テーブルで食べているとフィンクスがこちらに来てサンドイッチのゴミを袋に入れた。ゴミ箱の場所を覚える気がないのだろうか。そのまま向かいの椅子に座り、テーブルに肘をついた。彼に当たりそうだったのでアクセサリースタンドを定位置から少しずらす。イヤリングとネックレスが揺れて小さい金属音を立てる。それに反応してか彼が私を見た。そらす間もなく目が合ってしまう。何か考えているような顔。

「なに」
「いや……」

 再び窓の方に顔を向け、どこか不機嫌そうな表情に変わる。不機嫌だったら口に出るのでたぶんそうではないのだろうけれど、こいつが何を考えているのか分からないと多少不安になる。こいつがというか、目の前の相手が。食べ終わったプラスチックの皿にフォークを入れ、ビニール袋にまとめる。椅子を後ろに押して立ち上がろうとしたところで、彼は呟くように言う。


「……どうしたの?」
「お前、俺のことなんだと思ってる?」
「なんだ、っていうのは?」
「なんだはなんだだろ」
「……印象のことか、職業その他のことか」
「あー、職業その他」
「私が聞かない方がいいことだと思ってるから、気にしてない。ただのヤンキーじゃなさそうだなって程度」
「そうか」
「なんで?」
「別に」

 彼の方からそんなことを言われるとは思わなかった。なんだったんだ。またなんでが増えてしまった。本当に聞きたいことの答えを返せたのかも分からない。今度こそ立ち上がって私はゴミ箱に食事のゴミを捨てる。