僕がここにいなければ

 専門の頃の、唯一友人と呼んで差支えない程度仲のよかった子と久しぶりに会った。と言っても別に連絡を取り合ってではなく、バイト終わりに声をかけられたのだ。車から私を発見したらしい彼女は降りてきて会いたかったという旨を伝えてきた。そこまではいい。問題は、彼女の周囲にいる人間にあった。
 次の日が休みだと知ると車に乗るよう促され、それはつまり有無を言わさず、半ば強制的に連れ去られた。彼女は私を家に招待するのが目的だったらしく、声や目からしてそれは嘘ではないはずだ。何度も言うように彼女自身は悪くない。ただ、マフィアの娘と、盗賊の知り合いが、顔見知りだったのがまずかったのだ。
 そもそも彼女が専門にいたのはわがままが発端だったと聞いた。一般人と同じような学校に行ってみたいという、そして末っ子の願いとは聞き届けられてしまうものだ。けれどあまり知られてはまずいらしくグループ内でしかその情報は回っていなかった。大学にも行くつもりだと言っていたが、どうしたのかは知らない。
 マフィアなんてあの頃の私とはなんの関係もない世界だったのだ。だから意識したこともなかった。それが言い訳になるのなら、声を大にして彼に伝えるだろう。彼に、彼らに。

 彼女の家は豪邸だった。金持ちの典型。金銭感覚もあの頃からおかしかった。応接間に通され彼女の隣に座る。何も知らされていなかったとはいえ彼女も馬鹿ではない。何故私がここにいるのか、空気からなんとなく察しているらしかった。出された飲み物に口をつけることもできず私の口内は渇ききっている。自分の手をきつく握る。実際、今までになく私は緊張していた。友人がいなければこんなものでは済まなかっただろう。何をされるのだろう。今から。私は彼らに……。彼女が私の目の前で手を振り、我に返る。

「大丈夫? 大丈夫じゃないだろうけど、に危害加えるようなことはさせないから」
「……トニアは何も聞いてないんでしょ?」
「まあね。でもなんとなくは知ってる。まさかあなたがそんなことに絡んでるとは思わなかったよ」
「私もさっきまであなたがマフィアだってこと忘れてた」
のことだから私自体忘れてると思ってた。ちょっと意外」
「嫌味?」
「うん」
「変わってないね」
「あなたもね」

 その時彼女、トニアの父親が部屋に入ってくる。思ったより怖くはなさそうで少し力が抜ける。彼は私たちの向かいに腰掛け、顔からは想像できないような鋭い視線を私に向けた。咄嗟に俯きそこから逃げる。隣の彼女がため息を吐いてくれた。

「パパ、本題を話して」
「君は幻影旅団という集団を知っているだろう」
「……はい」
「一部と関わりがある」
「はい」
「奴らが何をしているのかも分かっているのか?」
「分かっています」

 そこで顔を上げるとやはり鋭いその目と合ってしまう。彼らとのことがマフィアに知られているとは思わなかった。賞金首と言うくらいだから有名なのだろうとは思っていたが実感もわいていなかったし、どこかでそれを現実としてとらえられていない部分もあったのだろう。

「殲滅に協力してもらいたい」
「……できません」
「君を家に帰すことはできそうにないな」
「パパ!」
「冗談だ。しかし情報提供はしてもらいたい」
「私は彼らのことを知りません。関わりがあると言ってもたまに会うだけで、仕事のことはほとんど聞いてない。……それに付き合いの長い方を優先するのは人として当然のことかと思いますが」
「マフィアに目をつけられている自覚があってそんなことを言うか。娘の友人でなかったら殺しているところだ」
「残念でしたね」
「……

 心配そうにこちらを伺う友人に一度だけ視線を向け、また男と目を合わせる。無理にでも吐かせるというつもりはないらしい。友人の家でよかった。手汗がひどい。先ほどから足の震えも治まらない。こんなに弱い人間だったのか、私は。生唾を飲む。本来ここで逆らうのは自分の命のためなら得策ではない。けれどこの人には今のところ私を殺す気はない。ここを出るまでは、少なくとも生きているだろう。それなら死を恐れて彼らのことを話す必要もない。特に話すようなこともないのだけれど。

「君は随分裏社会を舐めているようだな。うちだけではないのだぞ」
「……」
「奴らの弱点になり得るものは、奴らの敵にあたるコミュニティーなら血眼になって探しているはずだ。たまたまトニアと友人だったから命拾いしたが、他のファミリーならこうはいかない。大人しく従わなければ死ぬのは君だ」
「……そうなんでしょうね」
「もう一度聞く。本当に君に情報はないのか」
「ありません。彼らの仕事には一切関与していませんので」
「……何か質問はあるか?」

 空気が和らぐ。彼女も安心したらしい。ああ、この人も悪い人ではないのだ。決して殺したくて人を殺すわけではない。捕まったのが知り合いでよかった。本当に命拾いしたという表現が一番しっくりくる。

「私のことは色々なマフィアに伝わってしまっているんですか?」
「いや、そもそも君が関わっていると特定していたわけではないんだ。独自に調査した結果ようやくつかめたのはあの周辺で目撃されたということだけ。もちろん目星はつけていたが、一発で当たりを引き当てるとは思わなかった」
「じゃあトニアも本当に偶然」
「そうだ」
「……はったり?」
「まず奴らはそう簡単に尻尾を掴ませるような連中じゃない。……何人も返り討ちにあった」
「……わ、私が関わっていると知られたりしたら」
「大丈夫、のことは絶対漏らさないから。だよねパパ」
「約束しよう」
「その見返りに何を要求されるのですか。だってあなた方は彼らに恨みがあるのでしょう」
「恨みではないな。理解できるか分からないが、賞金絡みだ。トニアに免じて……と言って、君は信じることができるか?」
「いえ」
「相応の額を払ってもらうことになる」
「口止め料ですか。分かりました」
「分かったパパ、私がそれ払ったことにしといて」
「ちょっと、何言ってんの」
「覚えててくれたお礼ってことでいいよ」
「そんな都合のいい話」
「ではヨアニーディスの名を出さないと約束してくれ。甘いと思ってくれて構わない。何も知らないというのは事実なのだろう」
「それはそうですけど……」
「迷惑をかけた、謝罪も兼ねているんだ。もちろん家まではうちの者に送らせる」
「……私が名前を教えないことで、私について漏らさないってことですか?」
「ああ」

 嘘を言っているようには見えない。などと言って、はったりに気づけなかったのだから自信はない。本当にそんな都合のいい話があるのだろうか。目をのぞき込む。……仕方ない。

「家までは送っていただかなくて大丈夫です。近くに彼らがいた場合困るのはそちらだと思うので」
「……分かった。すまなかったな」
「こちらこそ。穏便に済ませていただいてありがとうございます」

 そうして、とりあえず最寄りの駅まで送ってもらった。緊張のせいか車中でトニアとした会話は全く記憶にないが、たぶんまた会う機会があるだろう。車を降りる前に連絡先を交換した。
 それにしてもはったりでよかった。こういうことなのか。これが死の危険に繋がるということ。アパートが見えてようやく肩の力を抜く。彼らはきっと悪名高い盗賊団で、それと知り合いの一般人なんて足手まといにしかならない。私が捕まりもし自白剤なんて盛られたら。いや、でも私の持っている彼らの情報なんて煙草の銘柄くらいなものだ。私のような人間に情報を漏らすほど彼らも馬鹿ではないだろう。……それでもやはり私は彼らとは……。

「遅かったな」

 声に俯いていた顔を上げると、郵便受けの傍に彼がいた。待たせてしまっただろうか。確かにこの時間はいつも部屋にいる。勝手に入ってくれて構わなかったのに。彼を見ると思った以上に疲弊していたことに気づかされる。煙草が吸いたい。