滲まなかったピントの後先
バイト終わり、朝の七時。家に戻ってみるとそこにはマチと見知らぬ男性がいた。
「ほおー、これが」
「おかえり」
「……た、ただいま……」
言葉が出てこないなんて久しぶりのことかもしれない。盗賊というものをなめていたらしい。顔見知り程度には認識されているだろう人間に知らない間に部屋に入られるとは思わなかった。色々と聞きたいことはあったが、とりあえずリュックを下ろしパーカーを脱ぐ。
これが、ということはこの人ももちろん例のコミュニティーに属している、フィンクスの知り合いなのだろう。彼かマチから聞いていて、だから出てきた感想。私が手を洗ったり煙草をリュックから取り出してたりしている間にも彼らは何も言わなかったので、とりあえず聞きたいことをまとめる。まあどうやって入ったのかは聞かなくていい、いつからいたのかも、何をしていたのかも。どうせ盗られて困るものもない。まず男性の名前、それから何故来たか。顔を向けると当然のように二人からの視線を受けて言葉に詰まる。煙草の箱を親指で押し開け、人差し指で閉じた。その一瞬の間でためらいを抑え、一応男性の方の目を見る。
「とりあえず吸ってもいいですか」
「……いいんじゃねえか?」
「じゃあ、すいません」
マチは椅子の片方、男性はベッドに座っている。二人の視線の間を通り窓を開け、ベランダに出た。さすがに初対面の男性には緊張するな。武器みたいなものの存在よりもたぶん威圧感とか、男性らしさ。火をつけると背後から声がかかった。
「堅苦しいのは苦手だ」
振り向いて顔を見てから、外に向かって煙を吐き出す。つまり敬語はやめてくれということだろう。了承の意を示してまた太陽を視界に入れる。目が痛い。なんだか肩が凝っている気がする。あまり睡眠をとれなかった上に忙しかったし仕方ない。完全に背を向けるのもおかしいかと思い、煙草を挟んでいる右手側を外に向けて隣との境の壁に寄りかかる。ちょっと落ち着けた。
結局半分ほど吸ってすぐ部屋に戻り、マチの向かいに座る。マチは窓の外を見たままだ。自己紹介をするべきだろうか。
「聞いてるかもしれないけど、です」
「ああ、聞いてる。俺はノブナガだ」
「よろしく。今日どうしたの?」
「あいつと仕事した帰り」
「そうなんだ。おつかれ」
マチがつまらなそうに言い、瞬きの後こちらに顔を向ける。フィンクスとの仕事の後ならどうして一番ここに来慣れているはずの彼がいないのだろう。特に聞く意味もなさそうなので黙ると、目の前の彼女は分からないという表情でまた窓の方に視線を動かした。するとノブナガが目を合わせてくる。
「悪いな、いきなり」
「いやそれは別に。でもなんで来たの?」
「からかうネタになっからな」
「酔っぱらってのこと漏らしたから、道に捨ててこいつだけ連れてきた」
「大丈夫なのそれ……」
「死にゃしねえよ」
「あんた聞いたんだって?」
「聞いたって、盗賊云々?」
「ああ」
「うん」
「やっぱ物好きね、あんた」
「確かにな」
物好き。一般人が盗賊を家にあげているのはおかしいことなのだろう。というかここは盗賊のたまり場ではない。なのにどうして訪れる個人的な知り合いが全員盗賊なんだ。……それが物好きってことか。
要するに飲んだ勢いで遊びに来てくれたという認識でいいのだろうか。フィンクスのことは心配だけれどまあこの人の言うように死ぬことはないと思うし、それはいい。ただ酔って口が軽くなるのはどうかということと、マチ以外にもからかわれているのが若干かわいそうだということを考える。肘をつくのをやめ、マチはジャンパーのポケットに手を突っ込んで背もたれに寄りかかった。いきなりで驚きはしたが、会いたいと思っていたら会えたから素直に嬉しい。足を組む。
「あの」
視線がテーブルから私に移ってくる。そこでようやく自分が言おうとしていることに恐ろしくなって口をつぐむ。今度は私がテーブルの汚れを見つめる番だ。どうごまかそうか考えようとしたところで再びマチが肘をつく。無言で先を促されているようだった。その向こうからはノブナガの視線も来るし、なんだか焦りを感じる。耐えきれなくなり組んだ足の上で指を組む。なんでもない。なんでもないが正解だ。
「ごめん、なんでもない」
「なんだ。言えよ」
「変なこと言いそうになっただけ。ただの寝不足だから気にしないで」
「はー、頭かてえやつだなあ。よくあれと一緒にいれるもんだ」
「あたしたちと付き合いある時点で一般人の中じゃ変」
「……それは、……。別に大したことじゃないよ」
「ああ」
「また暇な時遊びに来てほしいなって」
間が空く。視線は相変わらず痛い。意味の分からないことを言ってしまったという後悔がじわじわと胸に広がる。盗賊のたまり場じゃないなんて言えたものではない。
ここに来るような友人がいないことを気にしているつもりはなかったのだが、こうして付き合いが増えると適度に一人は寂しいと分かる。それでも普段は口にしない。昨日の朝寝るのが遅かったせいだということにする。彼にすらこんなことは言わないのに。大きなため息が聞こえて私は思考を中断し、それを漏らした主に目を向けた。
「ほっとけねえっつってたぞ」
「え?」
「あの酔っ払い」
「……フィンクスが、私をってこと?」
「言いてえことも分かる気がすんぜ。なあ?」
「そりゃま、あいつは思うだろうね」
「え、ほっとけないって」
「言わない方が面白かっただろ」
「どうせ言ったことも覚えちゃいねえよ、あいつは。まあそういうこった」
「そういうことっていうのは」
「ここの場所は覚えたってことだ」
「……あ、りがとう」
すれ違いだらけの会話でもまあ理解はできたからいいとしよう。暇なら遊びに来てくれるらしい。そこに安堵を覚えると同時に、もちろん引っかかる発言にも意識は向いていた。「ほっとけない」。そんなことを言われたのは初めてだ。子供だと思われているのだろうか。でも私は彼の前で人並み以下の言動をした覚えがないし、どちらかと言えば彼の方がその表現に当てはまる気がする。接触に関しては置いておくけれど、特に生活力のなさのようなものも見せてこなかったはずだ。……いや、彼ならまだしもこの二人、会ったばかりの人に納得されるのはいかがなものか。反省すべき行動はどれだ?
「これはこれで」
「だろ?」
「……なに?」
「なんでもねえよ」
「、あんたの一知り合いとして忠告しとくけど」
「うん」
「戦闘能力のない人間が賞金首と付き合うことの意味分かる?」
「意味?」
「要するに気をつけろってこったな」
「それは……死の危険的な話だよね」
「完全にその危険をなくすには繋がりをなくすしかねえ」
「そうなんだろうね」
マチの鋭い視線が刺さる。きっと私は死の恐怖なんて分かっていない。だから簡単にそれを納得できるし、その上で彼らとの付き合いを優先している。フィンクスに言われた時もそうだった。日常の中当たり前のように死が存在しているのだろう彼らと私では住む世界が違う。
「あんたが理解してるのか確かめたかっただけだ。何が起きても恐らくあいつはどうにかする」
「そもそもてめえはどうしようもねえだろ?」
「……私はちゃんと死ぬことについて分かってないから、単純にあなたたちといたいと思うけど」
「だから、頭の片隅にでも置いときなってこと」
「うん。ありがとう、ほんとに。ごめんね」
「分かった上でここに来てるのはフィンクスの方だろ。何かあってあんたが死んだりしたら責任を感じるべきはあいつだ」
「だとよ。おめえ大したやつだな」
「大したやつ?」
「余計なこと言うんじゃないよ、ノブナガ」
「随分気に入ってんだな」
「あいつが気に入らないだけ」
「は、そりゃまあな」
わざわざ忠告をしてくれる、優しい人たち。本当にこの人たちが人を殺しているのだろうか。死ぬようなことは起こさせない、何が起きてもどうにかする。フィンクスにしてもそうだが、あまり一般人との違いが分からない。むしろ一般人よりも……まあそりゃ違うことは理解できているのだけれど。こんな人たちに構ってもらえるなんて、私はどれだけ運がいいんだろう。
やっぱり、私が気軽に行動を共にしていい人たちじゃないのだ。