さよならするには手遅れだから
聞いてみると思った以上にすんなりその事実を受け入れる自分がいて、薄々勘付いてはいたのかもしれないなと思った。あれから二週間置かず現れた彼は久しぶりに酒を持ってきていて、それを飲みながら彼について気になっていたことを聞いた。何者なのか、どうやってここを知ったのか、あの時何故助けてくれたのか。でもきっと一番知りたかったはずの、どうしてここに来てくれるのかは聞けなかった。
盗賊。ようやくニュースで聞かなくなった爆破事件の首謀者。仕事でたまたまこのあたりにいた時に私を見かけ、家の場所を把握した。あの時も仕事終わりで気が向いたから助けただけだと彼は言う。私とは違う世界で生きてきた人間であると痛感する。盗賊と言ってもあのニュースを見る限り、ただ盗みをするだけではない。そんな人が私のことを気に掛けるというのがやはり謎だ。
「やっぱ聞かなきゃよかっただろ」
「……お人よしだよね」
「お人よしだ? 俺が?」
「うん」
勘弁してくれとでも言いたげに肩をすくめ、彼はポケットから手を出した。そのまま腕を組みテーブルに乗せる。お人よしでなくてなんだと言うのだろう。今まで見てきたこの人は、自分のために嘘をつくような人ではなかった。どちらかと言えば顔に出てしまうタイプだと思うし、だからこそマチにからかわれるなんてことが起こるのだ。言っていることは嘘ではないだろう。家具をわざわざ選び、話を聞くとそれもどこかから盗んできたものだろうけれど、ここに持ってきたのは善意でないならなんだ? ごちゃごちゃと考えていると、思い出したようにビールをあおり息を吐いた。
人を殺して生きてきた人だと、もう分かっている。でも私は離れようとも怖いとも思っていない。人を見る目だけは昔からあった、はずだ。
とにかく、いやどうやら、この人がそういう生き方をしてきた中で、私を心の片隅にでも置いてくれたことが、嬉しい。……らしい。
「なんで怖がんねえんだよ」
缶を置く音に彼を見る。今日はいつも以上に目が合わない。彼は低いトーンのまま続ける。
「盗賊だぞ。人も殺す。A級賞金首っつー肩書きもついてる」
「怖がってほしいの?」
「そうじゃねえよ。……そうなのかもしんねえけど」
「フィンクスを怖がるのが正常だってことは分かる。一般的にはそうなんだと思う。でもそんな肩書きあったって、私を助けてくれたのは事実だし」
「だからてめえは馬鹿なんだ」
「なんなのそれ」
「……あんだけ怖がってたくせに、俺みたいのをこんな簡単に受け入れてんじゃねえ」
「それ盗賊と関係ないよね」
「ないこたねえだろ」
「つまり、盗賊みたいに信用ならない、しかも男をってこと?」
「ああ」
「でも……私にとってやっぱりフィンクスはフィンクスなんだよね」
「なら聞くなや」
「聞きたいこと聞かないでいるのが馬鹿らしくなった」
「このガキ……」
ため息を吐かれてしまった。ガキとは関係のない話だと思う。ふと時計を見ると飲み始めて一時間ほど経っている。今さらちゃんとアルコールを入れる心境を用意できたので背もたれに体を預け、何回かしか口をつけていなかったコップを手に取る。すっかり水割りになってしまった。浮かぶ氷のかけらは、コップを揺らすと一緒に動く。
みんなという世界。クラスの「みんな」に溶け込めない人間でよかった。悪いことはしてはいけないって、言ったのは誰なのだろう。盗んできたものだと分かっても酒はおいしいし、煙草の封は容易に切れる。彼が次の缶を開けた。確実に話が一段落したことを認め、私は立ち上がった。彼が顔を上げたのを確認して目を合わせる。なんだと言いたげな顔に口元が緩む。
「吸わないの?」
「一人で吸えねえのか」
「吸えるよ」
「……チッ」
いかにも渋々といったように彼は私の隣に立つ。窓が若干ほこりっぽい。次の休みに拭こうかな。箱を包んでいるビニールをはがし、中の銀紙を破る。ライターが入れられる本数になるまではライターと別々に持たなければならず、少しだけ腹が立つ。でもどうせすぐにそこまで吸えると分かっている。オイルが減っていて火が小さい。そろそろ新しいライターを買わなければいけないかもしれない。
「なあ、」
「はい?」
「お前本当にそれでいいのかよ」
「そりゃもちろん」
「なんかに巻き込まれて死ぬかもしれねえぞ」
「それを恐れてこの時間がなくなるよりはよっぽどいいよ」
「……」
「なに?」
「お前が死ぬようなことは起こさせねえよ」
「分かっ……たけど、なんかすごいセリフだね」
「んだよ、文句あんのか」
「ないない。ありがとう」
「ったく……」
「かっこよかった」
「ああ?!」
「えっ? 嫌味じゃないよ」
「うるせえ!」
これだからヤンキーは。せっかく素直に褒めたんだから素直に受け取ってほしいものだ。二人の吐き出した煙は夕闇に飲まれていく。明日のバイト嫌だな。……今時間が止まってくれればいいのに。
ずっと一緒にいられたらなんて思ってしまうのはきっと罪だ。と、分かっている。