明日もまた、こぼしながら歩いてく

 バイトから帰って電気をつけ、リュックをベッドに放る。夜勤は稼げるが何しろ反動が大きい。やはり人間は昼起きて夜寝るべきなんだと思い知らされる。午前八時半すぎ。太陽の眩しさで目が痛い。リュックの外ポケットから煙草を取り出し窓を開けた。

 もうこの部屋に住み始めてから一年になる。一年あっという間だった。ほとんど毎日アルバイトで本来楽しいことなんて何もないはずで、たまの休みは一人寂しく寝て過ごす、はず。今では週休二日を勝ち取っているが専門卒のフリーターに世間は優しくない。自炊できることならそうしていたのに、夜勤で帰ってきたら夕方には起きてまた夜勤、それでは客の来ない時間帯に適当に食べるのが一番効率がいい。あまり食べなくても平気になったし、それは睡眠に関しても言えることだった。
 専門学校を形だけ卒業して実家を出た。端からあいつらは私に期待なんかしていなかったから、この出来損ないが世に出ることだけを恐れていたのだろう。一人暮らしは反対され、本来なら高卒で出たかったのにせめて成人するまではと実家に閉じ込められて、その間何度頭を下げたか分からない。嫌で嫌で仕方がなかった。こんなことのためにあいつらに頭を下げる自分も、その私を癖のように怒鳴りつけるあいつらも。成人するとあっさり私を解放し、事務的な手続きに振り回されるのが嫌だっただけなのだと知った。高校から貯金していたお金でなんとか生活を始めることは出来たが、家具を揃えるとなるとまた別の話なのだった。

 朝に吸う煙草はおいしい。ここを出る時には壁が黄色くなっているかもしれない、と頭の片隅で思う。完全に外に出るのが面倒な時は煙を外に吐き出しているだけで実質室内で吸っているようなものなので、部屋は常に煙草臭い。帰ってくるとそれに気づくが、出るまで全く感じ取ることができない。鼻が馬鹿になっている、と言う男の声。

 そこそこ綺麗にしておかないと落ち着かない性質なので、私は頻繁に掃除する。毎日のように整理していればちらからないものだ。小さいゴミ箱からあふれそうになっているゴミを指定のゴミ袋に移し、ゴミ箱には新しい袋をかける。ただ自分の領域に限った話なので窓の外、ベランダと呼べる空間はひどいことになっている。主に吸殻で。窓を見たことで洗濯しなければいけないのを思い出して立ち上がる。よく晴れて暖かいからたぶん家を出るまでには乾くだろう。
 黒い脚に白い板、その上にガラスの板が乗ったテーブルが私はかなり気に入っている。選んだ男にセンスなんてなさそうなのにと不思議に思いながら。テーブルの上にはテレビのリモコン、ティッシュの箱、煙草の箱と、アクセサリーをかけるスタンド。最低限のものしか置いていない。ここにたまに本が出現したり、ひどい時はコンビニの弁当だとかサンドイッチのゴミが置かれる。もっとひどいことも月に一度くらいある、それは私の責任ではないけれど片付けるのは私なので、いつも不本意だ。

 アクセサリーは好きだ。でもあまり買わない。そもそもバイトのない日に出かけるようになったのは最近のことで、ただ高校生と専門生の時に集めたものをあそこに残してはいけないと思ったから持ってきただけだ。……とか言って私は今度ピアスの穴を開けようか迷っているわけだから、趣味になる可能性もないとは言い切れない。

 夕方家を出る前にまだ少し湿っている洗濯物を取り込む。シャワーを浴びるとどうしても眠気がひどくなってしまう。だから私は最後に煙草を吸ってからバイトに向かうことにしている。バイト先でも吸えるし、喫煙者に厳しい世界は今の私には通用しないのだ。服に臭いがつくのを嫌がる喫煙者というのも存在するが、おかしな話だと思う。畳み終わった服をベッド下の引き出しにしまう。よし、あとは煙草を吸うだけだ。
 もう空は暗くなってきている。見慣れた光景の中で変化があるとすれば空くらいのものだ。今はところどころに雲が浮かんでいるが、まあ全体的には晴れと言えるだろう。だから仕事頑張らないとなと気合を入れる。

 そうして私は夜勤をこなし、この部屋に戻ってくる。明るくもなく、暗くもない、けれど確実に一人であり、他人の匂いがその私をはやし立てる空間に。