spangled longing
誰でもよかったと言えば誰でもよかったし、越知くんがよかったと言えば越知くんがよかった。そのぐらいの気分で私は彼に駅まで迎えに来てくれと言った。
スマホ片手にうたた寝。いかにもな現代人だ。しかも酔っている大学生。そんなことを考えつつしばらく特段心地よくもない揺れに身を任せた後、返信の有無を確認する。彼は無口だしオンラインコミュニケーションでも滅多に長文は返ってこないけれど、そこまでひどい連絡不精ではない。こちらが返信を求めている時はきちんと返してくれるということだ。元々優しい子なのだろうなと思う。おかしな点は多々あれど。了承の文面。
地元の駅で電車を降り、人の流れのままに改札へ向かう。駅は空気がこもって蒸し暑い。まだ二十三時にもなっていないのに意外と人が多くて、みんなそれぞれ色々なところで色々なことをしていて遅くなったのだと分かる。サークルの人たちはまだどこかで飲んでいるのだろう。私もオールぐらい付き合っといた方がいいのかなあ。前に越知くんにそのことを話したら、好きにすればいいみたいな適当な答えが返ってきてがっかりした。越知くんは悪くないし適当なつもりはないかもしれないけど、とにかく。酔っ払っているから許してほしい。高校生をこんな時間に呼び出すことも。ごめんね親御さん。私の家に泊めてもいいかな。ダメかもなあ。ダメなんだろうなあ。だって高校生だもん、私だってまだ大二だけど、だから二つしか違わないし一昨年まで同じ学校にいたっていうのに、なんで彼と一緒にいるだけで罪悪感覚えなきゃなんないんだろう。
改札を出て、日中は賑わっている駅中の通りを抜けると、電車を降りた時からここまで一緒に歩いてきた人たちが、まばらに散っていくのが分かる。もうすぐ北口。私がこうやって彼を呼び出すのは三回目だけれど、初めから彼は北口の一番目立つ柱の前にいた。目立ち方が尋常ではないので、普段の制服姿を見られていたら一瞬で未成年だとバレてしまう。だから二十三時にならないうちに駅に着いておかないといけない。
越知くんは意外とモテる。こんな夜中に呼び出す非常識な女に構わなくたって彼女はできるだろう。本人はそんなことどうでもいいのかもしれないけれど。
遠目から見ても分かる彼の細長い体。前髪のせいでどこを見ているのか分からない。顔はこちらを向いているが、目が合っているかどうかももちろん分からなかった。越知くんの近くを通ったサラリーマンが彼を二度見する。
駆け寄ると彼は寄りかかっていた体を柱から離した。ポケットに突っ込んでいた手を出し、私の到着を待ってくれている。彼の目の前に着いて、私は何を言えばいいのか分からなくなってしまう。いつものように。
「こ、こんばんは」
「……こんばんは」
「越知くんて……こんばんはとか言うんだ」
「当たり前だ」
少しも不機嫌ではないような声で彼は言う。逆に言えば割と普段から機嫌の悪そうなトーンで話している。越知くんが歩き出したタイミングで目の前の信号が青に変わり、私も慌てて歩き出す。
数分歩いて人通りの少ない道に差し掛かった時、越知くんがこちらに手を伸ばすので思わず身構える。その手はそのまま私が持っていた傘を掴み、戻っていった。荷物を持ってくれようとしたらしい。はっとして、今度は私が傘に手を伸ばす。
「え、いいよ」
「何がだ」
「えっ何が? いや、傘……」
「そうか」
「そうかじゃなくて……まあいいか……ありがとう」
私の傘は越知くんが持つことによって急激に小さくなる。棒でも持っているみたいに傘を持つ越知くんを眺めた後、私は道路に視線を戻した。会話が成立しないことすらあるこの身長差が私は憎い(普通に聞こえていても成り立たなかったりもするけれど、それは単純にお互いの会話する能力の問題だ)。たぶん越知くんより優しい人も真面目な人もかっこいい人も、付き合ってもいない私を大事にしてくれる人だって、探そうと思えばいくらでもいるんだろう。でも越知くんが好きなのだ。越知くんがいい。誰でもよくなんてない……。
「越知くんごめん」
越知くんは立ち止まり、私を見た。唐突に心臓からこぼれ落ちた言葉が私にだけ突き刺さる。許して。私酔ってんだって。何も責めてくれないけど。何も、聞いてなんてくれないけど。でも何もかもごめん。
「謝られる覚えはない」
「そうだよね。そう……なのかな。ほんとは」
長い前髪から覗いた目が私を捉えている。いてもたってもいられなくて私は歩き出してしまう。彼を抜かして、次の街灯まで。越知くんはすぐに私に追いついて、私の肩を掴んだ。私が立ち止まるとその手はすんなり離される。最低。情緒不安定な女って本当に面倒だ。蝉。蝉。もう夏が来てしまった。私も蝉だったら七日で死ぬことができたのに。下らないことを考えながら、越知くんと口元で呼ぶと、彼はその場にしゃがんだ。驚いて彼を見ても黙ってこちらを見ているだけなので、結局目を逸らしてしまう。呼んだからしゃがんでくれた? 確かめる術もなく、彼の手に握られる傘を見る。少し視線を動かすと目が合う妙な距離感にどうしたらいいか分からない。傍を警察の自転車が通り過ぎる。
「越知くん今高三だよね……」
「ああ」
「遠征決まったんだっけ」
「ああ」
「酔っ払った大学生なんかに呼び出されて、駅まで迎えにいったりしなくていいんだよ」
「……何故だ?」
「だって……そんな、よくないじゃん。夜更かしとか」
「……お前が一人でふらふらする方がよくない」
思わず彼の顔を見る。越知くんは優しい。私なんてただ一時期同じ部活に所属していただけの女なのに。この子は海外遠征が決まっているような優秀な選手で、だから私が振り回してはいけない。この子もそんなことは理解しているはずだし、それならば何故ここまで付き合ってくれるのか。数少ない友達だからだろうと結論づけたのはいつのことか、もう忘れてしまった。
「迷惑じゃないの」
「ああ」
「なんで?」
「……考えたことがない」
「……私と一緒にいて楽しい?」
「お前こそ」
「私はもちろん、越知くんが、……越知くんとなら、楽しいよ」
「……」
「ねえ」
「なんだ」
「……明日、お休み?」
「自主練以外は空いている」
「私の家……すぐそこなんだけど」
「ああ」
「来る?」
「行っても構わないなら」
「何もしないよね」
「どうだろうな」
「してもいいよ」
「……」
「あはは……」
「……タチの悪い冗談はやめろ」
「ごめんね……うわっ」
体を起こすついでか彼は私の頭に手を置き、軽く体重をかけてから離れていく。タチの悪い冗談か。半分くらいは本気だよ、でも半分はやっぱりあなたを試したかったんだと思う、私臆病だから。言えずになんとなく目尻を擦ると指先にアイシャドウのきらきらが付着した。それから、飲み会の後じゃ髪型が保てているわけもなく、さらに崩されたので髪を結んでいたゴムを外す。ヘアゴムを手首にかけたところで不意に目の前に影ができ、顔を上げる。あ。だめだ。越知くん。彼がもう一度私の髪に触れ、ゆっくりと地面に膝をつく。蝉。膝濡れちゃうよ。私を見上げる彼の瞳。白。汗。王子様じゃないんだから跪いたりしないでよ。長い指。ああ、私の頬骨、青い、メッシュ、それで、切れ長の……。
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