あなたはまぶたを閉じていればいい

※読んでいなくても分かるように書いたつもりですが、一応中編の夢主です。また、異能解放戦線周りの捏造があります。



 十二月半ば、私たちは異能解放軍と結託し、この世界を変えるための大きな一歩を踏み出した。これまで──初めは迫についていく形で敵連合とかいう組織に所属し、ただひたすらヒーローを倒したり強化させられたりしながら、必死に「敵」としてやってきた。いつの間にかこんなところまで来てしまったのだなと思う。
 あれから一週間。行き着く先に何があるのか。世界が変わるというのは、私にとって都合のいいことなのか。迫の望みは……。
「今日は酔っ払ってないんすね」
 自販機の前でぼーっと考えていると、声をかけられた。顔を上げ、真っ赤な翼を視界に入れる。どうすれば人から好かれるかを分かっていそうなこの男の話し方が苦手だった。ホットコーヒーを選び、ガコンと音を立てて落ちてきたそれを手に取る。
「会社って感じがして、なかなか」
「気疲れすると」
「はい」
「分かります。まあ発足したばかりの組織ですからねぇ」
「……荼毘の次は私ですか?」
 弔がギガントマキアを従わせようとしていたとき、荼毘はほとんど顔を出さなかった。その原因が目の前の男であることは、合流した荼毘を見た時から分かっていた。こいつがなんなのかは知らないし興味もないが、迫の敵になるようなことは私はしない。
 男はわざとらしく両手を広げ、焦ったような笑みを浮かべた。少しの焦りも見えないので、これも演技なのだろう。
「やだなあ! ただの挨拶ですよ」
「ふーん……」
「ま、興味があるのは本当ですけどね。あなたの個性」
 自身のサングラスを軽く叩く男に肩を竦め、プルタブを倒す。あまり知られないようにしていたのだが。
 私がなんとか生きてこれたのは、もちろん仲間たちの強さによるものが大きいが、私自身の個性を伸ばせたからでもある。「透視」と「念動力」──より遠く、より深く、より速く。個性を二つ持っている者が少ないことを逆手にとり、私は念動力の使い手として活動してきた。知られていなければ有用性が増すし、個性名自体が知られていてもどこまで何ができるのかは仲間ですら知らない。
 No.4ヒーローが純粋な味方でないと分かったのはこの力のおかげだ。しかし監視も撃退も私の仕事ではない。何が目的かまでは分からないが(十中八九異端の討伐だろうが)、私にどうにかできる程度のやつだとは思えなかった。
 コーヒーを半分ほど一気に飲み、親指の腹で口端を拭う。
「酔っ払ってなくてよかった」
「え、どうして?」
「歳のせいか、説教臭くなってきたので」
「はは、それは怖い。酔っているあなたには近づかないようにしますよ」
「ええ。お仕事頑張ってくださいね」
「そちらも」
 にこやかに片手を挙げ、ホークスは去っていった。その背を見送り、残りを飲み干してゴミ箱に缶を捨てる。話題に出されたら酒を飲みたくなってきたな。寒い上に夜だし、そろそろクリスマスだ。迫は会議中だろうか。ここ数日泊まっている部屋は未成年のトガちゃんと一緒なので、あまり部屋では飲みたくない。とにかく酒を入手するために歩き出し、曲がり角に目をやる。その向こうにいた人物はすぐに角を曲がり、私を見て仮面の奥で驚いた顔をした。
「お、
「おつかれ」
「なんかあったのか」
 顔に出ていたらしい。ため息を吐き、壁に背をつける。
「絡まれた」
「誰に?」
「……男」
「おいおい」
 言いながら近づいてきた迫は、呆れ顔を見せた。私が勝手に見ているだけだけど。くだらないちょっかいを出してしまったと内心後悔する。
「会議終わった?」
「ああ。なに、酒?」
「うん」
「死柄木が社長からもらってたぜ。ついでに飯も」
「そう」
 ならあいつの部屋に行けばいいかと壁から体を離す。それを見て迫も歩き出した。
「用事あったんじゃないの?」
「コーヒー買おうと思ったけど、死柄木の部屋にあるだろ」
「なるほど」
 弔はあれ以来随分社長に尽くされているようで、なんでも買い与えられていた。AFOが父ならリ・デストロは母だなと思う。私たち連合はおこぼれにあずかっているので、リーダーの優しさがありがたい。酒を飲まない弔にそれが届けられるのは私や迫、それに仁のためなのだろうし(伊口はほとんど飲まないはずだ)、先日見た際には女性ものの服もあった。弔が部屋にいない時でも勝手に持ち出していいことになっており、物置と化している。
 前を行く迫を見やる。ここはどこもかしこも人がいて、いつ監視されているのかも把握しきれず、息苦しかった。あの夏──迫と過ごし、恋をして、認められた日々。苦しさを覚える度に迫に縋っていたのだと今なら分かる。別に隠すこともないのだろうが、個人的な関係というのはあまり知られたくはない。それも苦しさに拍車をかけているのだろう。
 何か言おうとしてやめるのを数回繰り返し、気づかれないようにため息を吐く。今は何を言っても機嫌が悪い感じになってしまいそうだ。

 弔の部屋には誰もいなかった。ありがたく何本かの缶ビールと高そうな弁当を拝借し、部屋を出る。迫は基本的に仁と同じ部屋を使っているはずだ。仁のことは好きだが今日は二人で飲みたい。
「仁は?」
「どうかな。そっちは?」
「未成年」
「あー……じゃ下行くか」
「下?」
「使ってない物置? つーか、整備されてねえ部屋がいっぱいあるんだ」
「行ったことあんの?」
「何があんのか気になってな。汚ねえけどいいか?」
「うん」
 相槌を打ち、歩き出した迫の背を追う。綺麗な方がいいに決まっているが、この際場所は問わない。どうせ酒を飲んだら気にならなくなるのだから。
 下の階への階段はすぐに見つかり、私たちは暗がりを進んだ。電灯はぽつぽつとしかないが、ついているのを見るに誰かしらが使っているのだろう。
 適当な空き部屋に入り、入口にあったスイッチで電気をつける。随分古い蛍光灯だ。ぼんやりと照らされた室内には、明らかに使われていないケーブル類や何かの部品が散乱している。埃ごと隅に寄せると、迫は玉を取り出して指を鳴らした。出てきたのは二本の丸太で、すこしぎょっとする。
「悪い、柔らかいもん持ってなかった」
「いや、ごめん。ありがとう」
 ありがたく腰かけ、缶を放る。見事キャッチしてみせた迫に缶を掲げ、プルタブに指を引っ掛ける。炭酸の弾ける音。静寂。そして古い蛍光灯の鳴る、音。
「お前さ」
「ん?」
 一口飲んで、迫が呟く。真剣な顔で私の手元を見ているので、なんだか気まずくなって何口か流し込む。おいしい。
「よかったのか」
 何が、と言いかけて口を噤む。私は元々この世界を憎んでいるわけじゃない。それが今やヒーローたちから疎まれ、敵視され、潰されようとしている組織の一員となってしまった。
「……うん」
 すこし考えてから頷き、酒を呷る。
「え?」
「いいよ」
「何が」
「なにもかも」
「……そうかい。そりゃ、よかったよ」
 温かい声音に、顔を向けられない。私はきっとこの男の考えを読もうとしてしまうだろう。伸びきった個性は心の声さえも覗いてしまう。昔と違いオンオフができるようにはなったが、恋人の考えを暴かずにいられるだけの強さは私にはなかった。
 中身を飲み干し、次の缶を開ける。ショートブーツの先を見つめ、そろそろ新しいのを盗むなりしないとなと思う。
「で、誰に絡まれたんだ?」
「ん? ああ。ホークスだよ」
 顔を上げたついでに一口飲み、先ほどの会話を思い出す。
「荼毘がさあ……」
「ああ」
「使われたんだと思ってんだけど、私は」
「あいつが? ホークスに?」
「うん。だから次は私ですかっつったら、挨拶ですって」
「挨拶ねえ……」
 ほこりのせいで目がかゆい。鼻をすすり、それからようやく迫の方を見る。目が合うと男はすこし首を傾げた。思わずため息を吐く。
「気をつけてね」
「そりゃこっちのセリフだけど」
「私は迫の味方だもん」
「危ないやつだなあ」
「嫌なの?」
「心配してんだよ」
「嫌かどうか聞いてんの」
「嫌なわけないだろ」
 面倒なことを口走っている。昔からそうだ。迫は受け入れてくれるから、勝手に流すか聞くか決めてくれるから、私は馬鹿みたいなセリフを吐いてしまう。
「ごめん」
「いや」
 最近は二人になることもほとんどなく、そういう押し付けは減っていた。今くらい許してほしい。明日の今頃生きている保証もないのだから。そう自分に言い訳をし、体に酒を入れる。いい歳して酒に頼るなんてみっともない、いや飲みたいだけだ、何も望んでなんていない、そして、この攻防こそが情けない。三本目を開ける。気を張って生活しているせいか、緊張が解けていないらしい。
「そういやもうクリスマスだね」
「あー、そうだな。忘れてた」
「サンタさんなってよ」
「何が欲しいの?」
「煙草」
「そんなとこだろうと思った」
「迫は?」
「俺? うーん……」
 尻が痛くなってきて姿勢を変える。迫は悩む素振りを見せながら、一缶目を飲み干した。
 この組織は無事では済まないだろう。弔もリ・デストロも、もちろんAFOだって強大な力を持ったヴィランだ。それでも勝てるビジョンは見えない。私が特別な思想を持たないためにそう思ってしまうだけかもしれないけれど。
 欲しいのは安寧だ。温かい眠りだ。充分な食事と酒だ。世界で一番、大切なひとの、平穏だ。
「俺はここでやらなきゃいけないことがある」
 と、男が呟いた。
「だからそのために今後も死柄木に協力するつもりだ。けど……欲しいものとは違うもんな」
 こいつがなんのためにここにいるのか、ヴィランになったのか、私は知らない。知りたいと思わなくもないが、知ったところで手助けができるわけではない。中身のなくなった缶をパキパキと潰し、そのへんに放る。乾いた金属音が部屋に響いた。
「ついてきてくれるか?」
「うん」
「はは。変わんねえな……」
 出会った頃も、迫は同じように聞いてくれた。優しさなんかではないのかもしれない。ただの弱さなのかも。でもそれでよかった。意思確認って大人ほど大事だと思うから。
「捕まっても、生きてたら絶対会いにいくよ。だからあんたも死なないで」
「はー……言わせちまった」
「嬉しい?」
「そりゃな」
「全然クリスマスプレゼントになんないけど」
「ものは事足りてるからなあ」
「迫」
「ん?」
「手出して」
「え? はい」
 差し出された手に缶を持っていない方の手を乗せ、立ち上がる。ぽかんとしていた迫は、少しして腰を上げてくれた。覆面から覗く目を見る。
 私の王子様。もう、どこにも行かないで。あなたに全てをあげるから。何もいらないから、そばにいてよ。
 伝わらない思考を一片でも受け止めてくれたのか、男は目を細め、親指の腹で頬をなぞった。
「なんか久しぶりに見た」
「なに」
「その顔」
「忙しかったからね」
「そうだな」
「クリスマスだし」
「いつでもいいのに」
「そうだけど、そうじゃないの」
「だろうなあ」
 首に腕を回し、唇を寄せる。重なった熱に泣いてしまいそうになる。あの、いつかいなくなることを嘆いた頃とはなにもかもが違うのに。死はもっと現実的なところまでやってきているのに、それでも触れ合いへの喜びがあるということを私は憂うべきだった。
 聖夜に祝福されないろくでなしが二人、ただそこにいた。期待と欺瞞の渦巻く地下神殿のさらに奥、ほこりとカビの臭いで満たされた部屋のなかで、愛だけを見つめ合うために。



22.12.31