音吹く箱庭

 騒めきを消すのが私の仕事だった。近くに立つ男は独特の緊張感でその館を見ている。

「何ね」
「馬子にも衣裳」
「さき聞いた」

 退屈そうにそう返されては私も黙るしかない。確かにここに来る途中そんなようなことを呟いた記憶があるが、いちいちそれを覚えているということに驚いた。彼が再び足を動かしたのに合わせて私も歩く。上品な女のフリをして。
 別に上品な女のフリをする必要などない。だってどうせすぐに私の姿を見た人間は消える。けれどやはり着慣れないドレスと初めての潜入任務に緊張してしまっているらしかった。響くヒールの音さえ私の神経を削っているのが分かる。そうしてパーティ前の騒めきに足を踏み入れる。

 私はこんな仕事はしたくなかった。何故なら教養のなさが一発でばれてしまうから。けれどたまたま他のところに人手を割いていて、最低限の人数で量を殺す必要があった。それに向いているのがフェイタンと私だったのだ。
 あーあ、と思う。実際に口からため息が漏れていたらしく、男が一瞬私を見た。こんな場でもいる人間はマフィアの関係者だ。だから彼の殺気立った顔もあまり浮かない。……私も浮いていないといいのだけれど。憂鬱な気分をしまい、微笑みを浮かべると今度は彼の方がため息を吐いた。

「何よ」
「……ささと終わらせるよ」
「まだ始まらないわよ」
「お前いちいちうるさいね」
「正論じゃない」
「だからお前と組みたくなかたよ」
「じゃ帰れば」
「は? 自分の力量わかてるか?」
「あーはいはい私が悪かった」

 埒が明かない。確かに私がフェイタンよりも弱いのは事実だが、この人数を一人で相手取ることぐらいはできる。殺し漏れがありそうだから二人になったというだけの話だ。しかしそもそも売り言葉に買い言葉で喧嘩腰になってしまう同士を組ませる方が間違っている。しかもこの男は絶対に引かない。困ったものだ。
 扉が閉まり照明が二段階ほど落とされる。始まるようだ。ざっと人数を確認する。聞いていた人数より少し多い。ボディーガードでも新しく雇ったのかもしれない。薄明かりの中フェイタンと目が合った。

「足ひぱるなよ」
「終わったら踊ろうか」
「お前に合う脳みそ探すといいね」
「いや脳みそ付け足しても知能は増さないから」
「お前の方が多く殺したら考えるよ」
「長身の体でも探したら?」
「殺されたいか?」
「あれ図星かな」

 フェイタンの舌打ちが会場に響く。殺気ダダ漏れ。一瞬の静寂の後、場は悲鳴で埋め尽くされ、仕方なく私も近くの人間から殺し始めた。


 せっかくのドレスが台無しだ。肩から流れる血液がどんどん赤い染みを広げていく。裾を破って適当に巻き付けると、なんとか血は止まってくれた。ヒールは既に血まみれで気持ち悪い。ストッキングが血を吸っている気がする。ちょうど頭の中身をぶちまけている死体が目に入って、ため息を吐く。

「大体どっちが多く殺したかなんて分からないわ」

 呟きは男には聞こえなかったらしい。離れたところで殺し漏れを殺し終えたフェイタンが一息ついてこちらを向いた。男の人は返り血が目立たなくて羨ましい。このドレス高かったんだろうな。いや、まあ、盗ってきたものなのは間違いないけれど。

「予定より早く終わっちゃったわね。団長たちうまくやってるといいけど」
「誰だと思てるか」
「だってこっちがこうだから、向こうが苦労してるかもしれないでしょ」
「お前はまず自分の心配した方がいいね」
「はいはい、そうですね」
「お前、何人殺したか」
「数えたの?」
「私そこまで馬鹿じゃないね」
「ていうかこんなの着る機会ないからさ」

 そう言うと意味が分かったらしく呆れたような顔をした。それからそれは鋭い睨みに変わる。元が白かったからかなんとなく綺麗に染まっているようにも見えるそれを少し持ち上げると、吸った血液のせいで重くなっていた。すぐに固まるだろう。

「お前それ似合てないよ」
「血まみれのドレスって好きよ」
「……悲鳴があたら最高だたね」
「それは残念」

 銃声が聞こえる。出された手を取って私は笑みを浮かべる。上品な女のフリをする。こいつはたくさん殺せて気分がいいのだろう、と考える。もちろん私も。
 見た目の割に華奢ではない腕が背中に回されている。人間の温度だ。生きている人間の温度をこの男が持っているということに少しだけ驚いてしまう。目が合う。やはりどうしても上品さを出すことはできないらしい。声を出して笑った私に眉をひそめ、彼は私の手を強く引く。踊らされた先で踵が何かを踏みつけて、転びそうになっても、彼は支えてくれない。嫌味ったらしい顔で笑う彼に手を離され、私は死体の上に手をついた。不快な感触だ。

「もう」
「お似合いね」
「レディーファーストって知らないの?」
「は、誰が」
「確かに、あんたは紳士でもなんでもないわ」

 ゆっくり立ち上がり、手のひらの血液をドレスで拭う。早くこれを脱いでしまいたい。
 やる前はあまり気のりしなかったけど、意外と悪くなかったな。また組んでもいいかもしれない。……フェイタンの方は嫌がると思うけれど。
 館を出るところで、前を歩くフェイタンの手を掴む。振り払われるかと思ったらただ睨まれただけだった。だから私は手を離さない。ああそうだ、私はいつになく緊張していたのだ、と思う。どうやら他人の温度というのは安心するらしい。そうやって他人事のように考えながら私はヒールを鳴らす。赤黒く染まり裾の破けたドレスが風になびいた。



title by 喘息/160708
リク:フェイタンでダンスシチュ