きみは世界一の化け物
本を閉じる音で我に返る。顔を向けると耳元でピアスが音を立てた。話しかけたのはこちらだというのに完全にペースを持って行かれている、後悔してももう遅い。
「ミステリーか」
唐突に呟いたクロロを見つめ、言葉を脳内で反芻する。そうだ、私はこの男に本を借りようと思って話しかけたのだった。
本好きで通っている我らが幻影旅団団長クロロ=ルシルフル。いわゆる初期メンバーと違い私はこの人の過去を知らない。流星街とかいうゴミ山出身らしいとは聞いているが、そこでどのように育ちどんなことを考えていたのかなどは、私が知っていいことでもない。入ってからかなり経っているとはいえ所詮作戦の時に顔を合わせるだけなのだ。大きな黒い瞳がこちらを見る。何もかも見透かされているのではないかと思えてしまう、この黒が私は苦手だった。
「意外だな」
「そうかな」
「わざわざ苦手な俺に頼むのも」
「苦手だなんて言った?」
「言っていないだろうな」
「それで本は」
「返さなくていい」
ペースに飲まれるのが一番危険だと分かっている。そういう会話がうまいのだ。男は立ち上がり何か思案するような表情でアジトを見回した。今度の作戦の話はとっくに済んで、私が男と話している間にメンバーははけてしまった。たぶんいらないものをくれるということでいいだろう。どうして「わざわざ苦手な俺に」本を貸すよう頼んだのかと聞かれれば、私は言葉に詰まるはずだ。もちろん本好きだからだという答えは用意していたが、問われなくて助かったと思う。
そもそもこんな奴と出会ってしまったのが悪かったのだ。いかんせん強い能力を持っていたせいで変な集団に組み込まれることになったが、本来私は一人で本でも読んで静かに過ごしたいタイプの人間だ。……過ごしたかったな。今では戦うことの魅力を覚え、立派な盗賊だ。それもこれもこの男のカリスマによるところが大きい。雑魚と戦う日々に飽き飽きし一般人に戻ろうか殺しを生業にしようかと迷っていた私の前に、これほどまでに強大な存在が現れては。
思考に区切りをつける前に男が再びこちらを向く。不意に目が合ってしまい色々なところがどうしようもない。瞬きの間にそれを落ち着けて真っ直ぐに彼を見た。何がこの男の瞳をここまで美しくするのだろう。
「家は?」
「家?」
「あるんだったか」
「あるけど、なんで」
「送ってやろうと思ってな」
「いや、そんな大量の本送ってこられても……」
「そうか?」
「読むの早いわけじゃないから」
目をそらし心の中であなたと違って、と付け足す。少しすると男の方も目をそらしたのが分かる。内心ほっとしてマニキュアがはがれかけた爪をいじる。塗っている時が一番楽しいのだ、すぐに綺麗な状態ではなくなるし、こうなってしまえば後ははがれるだけなのだから。次は何色にしようと考え、親指で中指の爪をなでてから腕を下ろした、その瞬間。
「家まで来るか」
男の手が頬に触れた。指で垂れたピアスを軽く揺らし、髪をすいてそれは離れていく。思わず顔を上げると目の前には口角を上げる男。頬に残された熱が、全身に回るかのような感覚で頭がやられてしまう。
離した手をコートのポケットに入れ、男が笑った。そこでようやく私は意識を取り戻し、止まっていたらしい呼吸を再開する。からかわれた。片手を頬に当てた。挑発に乗りたくはない、けれど言い返さないでこの赤さを享受するのは。思考がまとまらないまま楽しそうな彼をまた視界に入れた。その顔に、脳が負けを認めたのを感じる。
「そんな顔もできるんだな」
「変な冗談言わないで」
「冗談か。捉え方はお前の自由だが」
「あなたの家に行くわけないでしょ」
「そう怒るな」
言って奴は肩をすくめた。怒っているのではない。そのままアジトから出て行こうとするクロロを大人しく見送ることもできず、結局私は一緒にそこを出た。本当にずるい。こちらの気持ちを分かっていてやったのかは分からないが、どちらにしろ性質の悪い存在だ。飲まれたくない……。
title by alkalism/160414