きっと世界の果てで手を繋ぐ
「お姫様って聞いてたんだがな」
面倒臭そうな顔でそう呟き、男はため息を吐いた。この男は相当強い。敵うとか敵わないとか、そんな次元にはいない気さえする。銃口を向けたまま黙っていると死体から手を離し、私の目を見た。
「だろ?」
「何が目的だ」
「お前の親の持ってる美術品だ」
「……なるほど」
今までにもその目的で乗り込んできた奴はいたが、目の前で死んでいる私の護衛が戦う必要もない程度だった。そもそも私の部屋まで敵が来ること自体おかしい。私は一度銃を下ろし、肩の力を抜いた。
「一人か?」
「いや」
「そうか」
「なんだ、慌てねえんだな」
「慣れてる」
「その銃はおもちゃかよ」
「こんなもの、あんたに向けても意味がない」
「それもそうだ」
「あんた名前は?」
「あ? なんでだよ」
「……なんでだろうな」
「はあ?」
「まあ、座ってくれ」
私がソファーに腰掛け、対面に座るよう促すと男は顔をしかめつつこちらに歩いてきた。受け答えからしてもそうだが素直な性格らしい。銃をテーブルに置くとついため息を吐いてしまった。
静かだ。家の一大事だというのに全く怖くない。そう、あの人たちの死、それから美術品の数々を失うのはきっと私にとって大きなことなのだろう。しかし胸に広がるのはただ穏やかな安心だけだった。ちらと死体に目を向ける。随分世話になったなと他人事のように思う。色々なことから守ってくれたのはいつもこの人だった。今もあんな風にこの家の人間が殺されているのかもしれない。ああ、どうでもいいな、そんなこと。再び目の前の男を見ると、不可解そうな顔をしている。
「ところで私の両親が死んだかどうか分かるか」
「たぶん死んでるだろ」
「絵はどうする? 売り払うのか?」
「さあな。いつもはしばらくしたら売ってるみたいだが、俺は知らねえ」
「大切にしてくれと伝えてもらえないか」
「……お前のもんじゃねえんだろ?」
「まあね。でも、興味もないのに見せびらかすためだけに買った奴らよりは愛着を持っている自信がある。幼少期から触れていたから」
「へえ……覚えてたら伝えといてやるよ」
「ありがとう」
そうか、愛着。私は両親が愛でることのなかったあれらに愛着を持っていたのだ。失ってから気づくとはよく言うが、実感してみると切ない話だ。しかし世話になった人間よりも絵にこの感情が湧くことの方が切ない事実かもしれない、と口元を緩ませる。
「随分落ち着いてんな、お前」
「慣れてるとさっき言わなかったか」
「人が死ぬことにか?」
「いや、さすがにそいつが死ぬとは思わなかったよ」
「自分が死ななきゃいいってか」
「あんたもそうだろう?」
「なるほどな」
男は腕を組み、窓の方へ目を向けた。言ってしまえば平然と人を殺す男もおかしいが、それを前にして普通に会話をする私もおかしいのである。そんな分かりきったことを今さら認識する。
優しい人間なのだろうと思った。けれどただのお人よしと女に甘い男と優しい人間は別物であり、その見分け方を私は知らない。そして知っていたとしてもこの数分では分からないだろう。たぶん私は、もっと……。沈黙を破るため私は口を開く。
「私を連れて行ってくれないか」
「どこに」
「知らない。あんたの行くところだ」
「……とんでもねえお姫様だ」
テーブルの脚を男が蹴る。偶然だろうがその音がやけに部屋に響いて、思わず男を伺う。しっかりと目が合うと男は一度目を伏せて、それからため息を吐きながら立ち上がる。……そうか、仲間のところへ行くのか。体から力を抜き、ソファーに沈み込んだ。
「」
「……ん?」
「お前これからどうするんだ?」
「さあ。親戚の家にでも行くかな」
「そっちの方が楽だろうな」
「楽か……まあ」
考えようとするがそれを遮るように男が近くに立つ。実に威圧感のある男だ、と眺めていると、テーブルの上の銃を手に取って渡してきた。反射的に受け取ってから、え、と声が漏れる。
「持ってろよ」
「え、ああ……」
「行くぞ」
「……どういうことだ?」
「気が変わった」
「あー……なるほど」
「覚悟しとけよ。楽じゃねえから」
「ああ」
銃を腰のホルダーにしまい、差し出された手を掴んで立ち上がる。知らない男の手だった。そういえば結局名前も聞いていない。けれどここから抜け出すために必要なものは揃っている。大きい手のひらは私の手に馴染まない、気が付かなければただ浸っていられたはずのことに思考を回してしまう。緊張しているのかもしれなかった。男に、男の手に、この状況に。
死体をまたいでドアの前まで行くと知らない人間の気配がして、私は安堵する。誰も彼も私の知らない人間だ。あいつらは、こいつは、死んだのだ。手を握る力が強まる。
「ありがとう」
「ああ?」
「気が向いたら、あんたのことを教えて」
「……気が向いたらな」
やはり優しい人だ。ドアが、彼の手によって開けられていく。
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