デートしたい

※オリキャラがいます



 夕飯の材料を買ってスーパーから出ると見覚えのある横顔を発見した。偶然その人もこちらを向いたので片手を上げると、私に気づいたようだった。

。お久しぶりです」
「一年ぶり? かな。どうしたの、こんなとこで」

 ヘカテという名の彼女は数年前に蜘蛛の仕事を受けるようになった情報屋だ。私も何度か話した覚えがある。今でも彼女の話をちらちらと聞いてはいたので、たぶんまだ蜘蛛とは仕事仲間なのだろう。
 ヘカテは肩から鞄を下げている。逆に言えば荷物はそれだけだ。買い物に来たという風でもない。どこに住んでいるのかは知らないが、とある人物の話から推測する限りこのあたりではないはずだ。

「仕事で少し。先ほど終わったところです」
「帰るとこか。ごめんね」
「いえ。そういえば、蜘蛛を抜けたんですって?」
「あ、うん。マチ?」
「はい」

 彼女の顔が一気に華やかになり、その花が咲いたような綺麗な笑みに一瞬どきっとした。……話には聞いていたがこうして目の当たりにすると、まあ、マチが困るのも分かる。
 この優秀な情報屋はとある人物、つまりマチ曰く頭がおかしいらしい。どうやらマチを口説いているようで、何を考えているんだあいつは、と先日も言っていた。記憶の中のヘカテにそういう印象を抱いていなかったので、今でもマチの話すヘカテと私の知っているヘカテが結びつかない。しかし今の笑みを見ればマチを好きだというのは本心なのだろうと思える。

「あ、そうだ。マチと言えば」
「なんですか?」

 だってもう、声のトーンが違う。すごいなあと素直に感心してから、私は鞄を漁ってぐちゃぐちゃになったチラシを取り出した。それを受け取ったヘカテは丁寧にしわを伸ばしている。

「今度開港記念祭があって、マチと行こうって話してたんだけど、ヘカテも行かない?」
「え!」

 そう言うとぱっと顔を上げ、ヘカテは目を輝かせた。それこそきらきらという効果音が聞こえてきそうなほど。ヘカテに会って思い出したけれど、すっかり忘れていた。まあ行こうって話したのも飲みの席だしな。返されたチラシを見れば二週間もない。

「でも」
「ん?」
「マチと二人で行くつもりだったんですか?」
「え、いや、そんなはっきりとは決めてなかったけど。ヘカテが二人で行きたいっていうなら別に」
「……マチは私と二人で行って楽しめるでしょうか」
「そりゃ、楽しいと思うよ。マチってなんだかんだヘカテのこと好きみたいだし」
「……す、好き…………。行けるか確認してみます。とにかく、教えてくれてありがとう」
「行けるといいね」
「はい。では」
「じゃあね」

 あれが恋する乙女っていうやつなのか。ヘカテの笑顔にこちらまで楽しくなってしまう。後でマチに怒られるだろうか。でも、まんざらでもなさそうだというのは本当のことだ。


 家に戻るとまだノブナガは帰ってきていなかった。特に大変でもない仕事だと言っていたので、日が暮れる頃には戻ってくるだろう。食材と鞄を床に下ろす。
 料理は意外と楽しいということにここに来てから気づいた。最近の趣味だ。住み始めて一か月、ようやくまともな料理が作れるようになった。味覚はたぶんほとんど完全に機能しているだろう。初めは色々文句を言われていたが今では一応、おいしい、という評価をもらっている。味覚が正常になっただけなのか、料理の腕が上がったのかは分からないけれど。

 二人分のそれを冷蔵庫にしまい、それから何気なくテレビをつける。するとタイミングよく開港記念祭の特集をやっていた。
 開港記念祭は私の元々住んでいた家からでは少し遠く、興味もなかったので行ったことがなかった。たまたま飲み屋にチラシが置いてあり、その場のノリで行こうと話したのだと思う。
 船に乗れたり芸能人が来たり出店があったり、どれも興味深いものではあったが、一番気になったのは花火だった。最後に花火を用いたショーをやるらしい。花火、名前は聞いたことがあるが、実際に見たことはない。映像を見ていると色とりどりの光が空に打ち上げられている。……綺麗だ。


「おかえり! ねえ開港記念祭行こう」
「はあ? なんだ急に。ちょっと待て、着替えるから」
「うん。ほんとはマチと行こうって話してたんだけど」
「あー」
「あ、そう、さっきヘカテに会ってさ」
「……あいつか……」

 帰ってきたノブナガにとりあえず今日の話をする。さっさと部屋着に着替えた彼はヘカテの名に眉をひそめた。それから髪を下ろす。かすかに血の臭いがする。ベッドに投げられた服を洗濯機に入れるということを学んだのはつい最近のことだ。単純に血の臭いのするものを放置しておきたくないだけで彼に頼まれたわけではないし、何なら私の行動に対して彼はあまり興味がないのだと思う。家の中の行動に限りだけど。

「で、ヘカテがマチと行きてえって?」
「というか、私が勧めた」
「お前……マチにキレられんじゃねえの?」
「たぶん大丈夫だよ。それで、別に行かないことにしてもよかったんだけど、さっきテレビで特集してたの。ノブナガ行ったことある?」
「ねえなあ。興味もねえ」
「え、絶対楽しいよ。花火って知ってる?」
「そんぐらい知ってる」
「見たい。あと、お祭りみたいなものに行ってみたい」
「……まーそりゃ行くのは構わねえが……」
「ほんと!」
「けどぜってえ疲れるぞ。おめー体力ねえんだから」
「いいよ、疲れるぐらい」

 ノブナガは小さく、ガキか、と呟いた。まあ、確かに精神年齢が実年齢に追いついていないのは事実だけれど、イベントごとを楽しみにしたっていいじゃないかと思う。それにこれはデートだ。ヘカテじゃないけれど私だって一応恋をしているのだ、デートぐらいしたい。

「お祭りみたいなの、行ったことないんじゃないの?」
「……随分昔、たまたま仕事の近くで祭りがあって覗いたことはある」
「ちゃんと行きたいじゃん」
「そりゃおめえだろ」
「でもデートだよ」
「デ、……そういうことになんのか……」
「嫌なの?」
「嫌なわけあるか」
「ふふ、だよね」
「はー……だがヘカテには会いたくねえなあ」
「え、なんで?」
「めんどくせえから」
「ヘカテ? そうなの?」
「あいつらもデートだろ? 邪魔したとか思われたくねえしな」
「ああ、なるほど」
「つーか腹減った」
「あ、ごめん。すぐ出すね」
「おう」

 お祭りか。お祭り。しかもデート。一緒に出かけることはあるが、大きなイベントやらいわゆるデートスポットのようなところには行ったことがない。……楽しみだなあ。