密会

 何度も言うようだが、向こうから誘ってきたわけではない。ヒソカから紹介されて話しているうち、この人なら大丈夫だろうと子供ながらに目星をつけていたのだ。優しそうだからというのがまず一点。優しそうだけど食えない感じがあるからというのが一点。そして、なんだかんだ嘘はついていないように見えたからというのが一点。結論から言えば私のその判断は正しかった。友達感覚でいられるセフレ。何も口出ししてこないし、変にこちらにのめりこみそうな危うさもない。行為の時でさえ見せる爽やかさ。……そしてこの男ならいつでも私を殺せるのだという安心感。
 操作系同士の戦いなんて、先に相手を操作した方が勝ちみたいなところがある。まあそれにしたってこいつには勝てないだろうけれど。何を操作する能力かにもよるが、あいにく私もシャルナークも似たような力だったのでたぶん単純にオーラの差で私が負ける。本能が、こいつと戦っては死ぬと言っている。あまり物理勝負は得意ではないと前に言っていたが、それでも私よりは格段に強い。でもそれも私が強化系だったらどうだか分からないなって程度で、つまりヒソカなんかと比べれば弱いのだろうとは思うのだが、私は操作系であり、物理勝負を得意としていない同士なら勝つのは当然シャルナークだ。私は自分より強い人間の傍にいるとどうしようもなく安心する。

 吸い込まれそうという表現が似合う、瞳が好きだ。強いのだ。はっきりとした意志をこちらにぶつけてくる。あまり見つめることができなくて、いつも私は目をそらしてしまう。その度に楽しげに漏れる声を聞く。その声が嫌いではない。

 分かっている。この関係はいつか捨てなければいけない。だって私には夫がいて、これは不倫なのだから。でも、どうしても私はこの男と離れたくなかった。体だけの関係なんて糸より細くて、いつでも切れるものだ。誰かに切られそうになったら私には抗う術がない。それでも今はまだ切られていないし、シャルナークと私、どちらからも切る気配はない。
 たとえばシャルナークのために夫と別れるとする。そんなことを望んではいないから、あいつは私を拒絶するだろう。実際一番の恐怖はそれだった。
 そうして今日も刹那の安堵を得る。

「俺が死んだら君って泣くの?」
「は?」

 唐突な問いについ横顔を見つめる。

「俺さ、君が死ぬ夢見たんだ。ゴミ山で誰かに殺されてる」
「ゴミ山って……」
「流星街って知ってるだろ。俺あそこの出身なんだ」
「……えっ? でも幻影旅団って、マフィアンコミュニティーと……」
「俺らはあそこの中では異端って言われてる」
「そうだったんだ……」

 流星街について詳しくはないが、詳しい人なんて出身者だけだろう。それぐらいあそこは一般人からは忌避されている場所だ。政治的空白地とも呼ばれている。旅団についても詳しくなかったし、別に知りたいとも思っていなかったけれど、なんだかあそこで育ったのなら盗賊になるのも分かる気がする。……一応極貧時代を経験したことのある身としては。
 ちゃんと話がしたいらしい。寝ようとしていた頭を働かせ、体を起こしてシャルナークの横に座る。

「それで、君がなんだか流星街にいて」
「なんで?」
「知らないよ。夢なんてそんなもんだろ?」
「ああ、まあそうね」
「俺は焦ってるんだよね。やばい、殺されるって。でもたどり着いた時には君はもう死んでた」
「……なんなの、その夢?」
「なんなんだろうね。夢って具体的な内容よりその時自分が何を思ってたかが大事だって言うけど、あまりにも鮮明に衝撃的なシーンを見せられちゃったもんだからさ。実は今日来るのちょっと憂鬱だったんだ」
「憂鬱?」
「俺が待ち合わせ場所に着いた時死んでたらどうしようかって」
「……」
「生きててよかった」
「なにそれ」
「なにそれってことはないだろ」

 まるで私に死んでほしくないみたいな言い方だ。いや、確実にそう言っている。まずなんでそんな不吉な夢を見たのだろう。殺しでもした翌日だったのだろうか。

「あんたが死んだら泣くかって言ったっけ」
「うん」
「泣くでしょうね。あんたたちと違って人が死ぬのに慣れてないから」
「すぐ泣くもんね」
「泣いたの見たことないでしょ」
「だから、見てれば分かるんだって。前も言った気がするけど」
「適当言いやがって。大体あんたは泣いてないのになんで私が泣くか気になるのよ」
「泣いたよ」
「泣いた? あんたが? まさか」
「君は失礼だなあ、ほんと。俺だって泣くことぐらいあるよ」
「……本当に泣いたの?」
「まあ泣いたっていうか、起きたら泣いた痕があっただけだけどさ。びっくりしたから君にも報告しとこうかと思って」
「なるほど……なるほど?」
「それ何も理解してない時の相槌じゃん」
「え、うん。何も理解できない」

 私の表情を見て本当に何も理解できていないのが伝わったのだろう、シャルナークはため息を吐いて頭をかいた。理解できないわけではない。理解したその先の結論に納得できないのだ。

「そりゃ殺しとかするし、旅団内だったら、死んでもいい人間とそうじゃない人間は能力のレア度で決まると思ってるよ。だから別に旅団が生き残るためなら俺が死んでも大丈夫だって考える。俺みたいな能力は、君なら分かるだろうけどレアじゃない。同じように死んでもすぐ代わりを用意できるような奴らは死んでもいいんだ。でも、それは組織としての考えで、俺個人としてはあいつらに死んでほしくはない。一応仲間だしさ。昔から一緒にいるんだから、それぐらいは当たり前だろ。つまりあいつらは能力としては替えが利くけど人間個人としてはそうじゃないってこと。君が俺の中でそういう人間なんだよ」

 何をこいつは常人のようなことを言っているんだ。それが最初に湧いた感想だった。でも今までに聞いたことがなかっただけで、普通にそういう感情を持ち合わせている人間なのかもしれない。
 ……つまり私はこの男にとって替えの利く存在ではない。仕事などで必要になれば殺せるが、そうじゃなければなるべく死んでほしくない人間であるということらしい。なにそれ。そんなの嬉しいに決まっている。なんだか無性に腹が立つ。私だけ調子の乗らせてどうしようって言うのだ。

「なにその顔? 俺そんなおかしいこと言った?」
「おかしくはないと思うわよ。一般論で言ったらね」
「一般論ね。それで?」
「でもなんであんたが私に対してそんな感情を抱いていたのか、意味が分からない」
「感情に意味なんてないんじゃないの? 理論づけることはできるけど、たぶんそういうことじゃないと思うよ」
「……」
「君なんて結婚してるんだから分かるだろ、恋が理屈じゃないっていうの。まあ俺はよくわかんないけど」
「恋は理屈じゃないけど、結婚は理屈だわ」
「どういうこと?」
「恋に落ちるっていうのは理屈では説明できない点が多い。でも、結婚ってなったらお互いに……なんていうのかしらね。恋とは違って、契約なわけでしょ? だから相手が誰であろうとできることはできるのよ」
「でも君は恋愛して結婚したんじゃないの?」
「そうだけど、それがこの話の主旨じゃなかったでしょ」
「ああ、俺の言い方が悪かったのか」
「恋愛から結婚に至ったんだとしても、結局そこまで行ったら契約なのよね。感情だけの問題ではなくなる」
「あれ、君って旦那さんのこと大好きなんじゃなかったっけ」
「好きだけど、だから、そういうことだけでは乗り越えられない壁みたいなものが出てくるのよ」
「そういうものなの?」
「知らない。適当言った」
「君たまにそういうことするよね」
「うるさいな。もう寝ていい?」
「俺が死ぬ夢見たら言ってね」
「見ないわよ」
「分かんないじゃん」
「分かんないけど分かるの」
「はいはい、おやすみ」
「おやすみ」

 感情に意味なんてない。シャルナークの言葉がやけに耳に残って離れない。そうか、じゃあわざわざ理由をつけなくてもいいのか。いや、そんな素直に感情みたいなものを信じていいのか? 考えても仕方のないようなことが頭を巡る。さっきまで眠かったのに、妙に目が覚めてしまった。この野郎。
 ……ていうか、あの流れだけ聞いているとまるで告白でもされたような気がした。ああもう本当に怖い。何も考えたくない。やめてよ、もう!

 ぐるぐると堂々巡りの思考が私を寝させてくれない。目の前にはシャルナークの胸板。寝る時には服を着るようにしている。全裸で抱き合うなんて冗談じゃない。自分から寝ていいかと言って会話を終わらせておいて寝てないじゃんとか言われたくないので、ため息も吐けない。視界に入らないように、自分と相手の間に持ってきていた右手を見つめることしかできない。ネイルはがれてきてる。手入れが面倒だしもうこれがはがれたらしばらくやめようかな。毛先が頬にかかりくすぐったい。そういえばそろそろ染め直さないといけない時期かもしれない。伸びてきたし……。
 そんな思考をぶった切るように、男の手が私の頭をなでた。あまりにもいきなりだったので、思いっきり肩を揺らしてしまう。その反応にこらえきれないといった笑い。むかつく。何がって自分が。いや違う、確実にこの男がだ。

「何、真剣に考え込んじゃって」
「……髪染め直さなきゃなって思ってただけ」
「あはは!」
「うるさいなあ!」
「君さあ、つくならもっとマシな嘘つきなよ。それともぼけたの?」
「嘘じゃないし」
「なんかこういう会話してると、君がまだ子供なんだって思い出せて嬉しいよ」
「はあ? 馬鹿にしてんの?」
「だってまだ二十歳だろ?」
「あんた自分が何歳だか知らないんでしょ」
「まあね。でも二十年はさすがに生きてるよ」
「なんの根拠があるのよ」
「年齢がはっきりしてるやつと大体同じぐらいかなって思ってるから」
「あっそう」
「君ってたまに、達観したことっていうか、子供らしくないこと言うからさ。むきになって反論したりするの見ると子供だなあって」
「うるっさいなあ。そもそも子供みたいな言動してるってことぐらい分かってるわよ」
「そういうとこ知ってると、大人ぶってる時の君が面白くて」
「失礼でしかないんだけど」
「褒めてるじゃん」
「どこがだ」

 馬鹿にしやがって。なんで私がこんなに恥ずかしい思いをしなければならないんだ。それを言ったらこんなガキにむきになることがあるお前だって子供だろうが! と思ったものの、負け犬の遠吠えみたいになりそうだったのでやめた。こういうのは無視するのが一番なのだ。既に反論しまくってしまったので失敗している。
 もう何を考えていたのかも忘れた。そうだこいつの考えていることが理解できないってことだ。思い当たるも、シャルナークの手が私の頭をなでるのを再開したので集中できない。こいつの手つきは嫌になるほど優しい。目線だけ向けるとばっちり目が合ってしまって焦る。瞬きをしてからそらし、目頭を押さえる。なんでそんな顔して私を見るの。手が後頭部から頬に滑り、顔を上げさせられた。嫌だ、見たくない。怖い。でも目が合ってしまえばそらせない。

「ほら、すぐ泣く」
「な、泣いてないでしょ?!」
「泣いてるよ。だって涙止めようとしてるだろ?」
「そんなんじゃないってば……」
「……かわいいなあ、もう。大人のふりなんてやめればいいのに」

 何がきっかけで出てきているものなのか分からなかった。うつむこうとしてもシャルナークの手がそれを拒む。見られたくない。こんなところ、見られたら駄目なのに。こぼれるのを指で拭われる。それを押しのけるようにぼろぼろと流れていく。嗚咽が混ざりだして、両手で口を押さえた。そういえばしばらく泣いたりしていなかった。ストレスがたまっていたとでも言うのか。どうして……どうして私は泣いているのだろう?

「見ないで……ほんとに、駄目なの」
「駄目って、何が?」
「わ、分かんない。分かんないけど駄目なんだって、こんなの」
「でも俺君がちゃんと泣いてるとこ見てたい」
「ふざけんな!」
「よしよし」
「もう……!」
「もうだって。いじめがいがあるなあ」
「ころす、ほんとぜっ、ぜったい、ああもう!」
「忙しそうだね?」

 結局終始楽しそうな顔で眺められてしまった。恥ずかしいし、腹は立つし、それでも泣いたことで色々すっきりしたのも事実で、またそこに怒りを覚える。ある程度治まったのを確認した上で、今度は抱きしめられる。なんだ今日は、なんなんだこのフルコース感は。いつもこんなに優しかったっけ? 私が気にしていなかっただけ?

「君の泣き顔に免じて本当のことを教えてあげる」
「本当のこと?」
「俺君が好きなんだ」
「はあ?」
「馬鹿だと思うよ、自分でも。言わなきゃこのまま続けられるって分かってるのにね。君って泣かないのと同じぐらい笑ってもくれないだろ。それを俺の前で見せてくれたらいいのにって、今泣いてるの見て思っちゃった」
「……」
「信じられないと思うけどさ。君そういうの理屈なしで納得できないタイプだろうから」

 体を離され、再び頬をなでられる。恐る恐る顔を見上げると、一瞬目が合って向こうからそらされた。顔が赤い。手の込んだ演技だ、とでも思っていないとどうしようもない。

「信じられないんじゃないけど。……ゲームなんだろうなとは思うわよ」
「ゲームって、落とすとか落とさないとかってこと?」
「そう」
「まあ、君がそう思うならそれでもいいよ」
「……あんたって意外と全部目とか顔に出るのね」
「君にだけは言われたくないけどね」
「確かに、よく見てれば分かる。演技がうまい」
「失礼だな」
「冗談だって分からないくらい切羽詰まってるの?」
「……なんで急に子供じゃなくなっちゃうんだよ」
「あんたが急に子供になっただけでしょ」

 ああなるほど。こいつが嘘をつかなそうだと過去の私が思ったのも納得できる。あの時は理解していたわけではなかったが、この視線移動は意識してできるものではない。そこまでして嘘をつくタイプの人間でもない。視線移動は演技できるとしても、そこに感情が乗っているのならば話は別だ。……ここまでしないと、納得できない自分に驚いた。
 君がそう思うならそれでもいい、そんなわけない、なんで分からないんだよこいつ。ありありと不満だと分かる目をされては逆に参ってしまう。いつだったか操作系は嘘をつけないとヒソカが言っていたのを思い出した。嘘をつく必要がないんだろうね、と。必要がなくても嘘をつくような奴の言うことだから信用はできない。

「でもさ」
「ん?」
「俺は君を幸せにはできない。戸籍ないから結婚もできないし、いつ死ぬかも分からないんだ。だからこの関係を続けたかった」
「結婚できないことが何か問題なの? いつ死ぬか分からないなんてのは、私にだって言えることよ。それでもあんたが盗賊であることを望んでいるんでしょ」
「まあね」
「それにあんたが死ぬようなことなんて、そうそうないんじゃないの?」
「団員では弱い方なんだ、これでも」
「あっそう」
「……俺に何を言わせたいの」
「それはこっちのセリフだけど」
「好き」
「はい」
「はいじゃないだろ」
「あんた顔真っ赤にしといてよくそんなことが言えるわね」
「こっちのセリフなんだけど!」
「あはは、ほんと、面白い。ねえ確認したいことがあるの」
「なんだよ」
「私は既婚者よ。旦那がいる」
「うん」
「あんたと付き合うなら私は旦那と別れる」
「うん」
「後悔しない?」
「それも俺のセリフじゃないの?」
「私ついてくって決めたらついてくような女よ」
「知ってるよ」
「まあまだ分かんないけどね」
「何が?」
「色々。私が裏切るかもしれなくても、待っててくれるの?」
「君はそう言ったら裏切らないだろ」
「何も分かってない癖に」
「裏切られたら力ずくで奪いに行くよ」
「自分の最低具合に反吐が出るわ」
「俺も」

 全部を捨ててもいいと思う、それだけこの男につぎ込める、そんな情熱が私にあるとは思わなかった。簡単に捨てられるものではない。何もかも。でもなんとかなる。なんとかする。ああ、最低な女だ。結局私は愛してくれる人を探しているだけなのだ。この人がそれを信じさせてくれたらそれで終わる。……怖くないわけがない。でもどうにかしてくれる男だ。根拠はないけれど。根拠がなくてもいいのだと思える。もちろんシャルナークとの記憶はベッド上のことがほとんどだ。きっとこれから真意を確かめていくことになるだろう。女は打算的な生き物だから。