人妻と間男

※「間男はクッキーを食べる」の前 「夕暮れ」に出てきた姉弟子がいます


 雑魚をただ蹴散らすだけの殺しは特に気分が高鳴るものではなかったと言っておこう。けれど血を見れば勝手に体は興奮するし、一緒に仕事していたのが友達ならば匂いも引き立つというものだ。彼女はどうやら自分を友達だとは認識していないらしく、何度言っても人違いだとその澄ました顔で答えてくる。それだけ反応してくるのだから、からかいたくなるのも当然だ。その仕事が終わり彼女に話しかけようとしたところでケータイが鳴る。ああ。このタイミングで。

「もしもし」
『今どこ?』
「家だよ」

 しれっと嘘をつきやがって。彼女の視線が心地よく刺さる。

『行っていい?』
「今汚いからなあ」
『女子か』
「君は?」
『私も家』
「じゃあそっちに行くよ。いないんだろう?」

 彼女は拳銃をホルダーにしまい、飛び散った血を拭っている。電話を終え、そちらを見ると不快そうに眉をひそめられた。面白くなって電話の内容を報告する。

「君の妹さんから、お誘いがあったよ」
「そうですか」
「あの子、僕のこと随分気に入ってるみたいだ」
「人妻に手を出すのはやめた方がいいかと」
「人妻って響き、そそるね」

 大きくため息を吐かれた。これ以上会話を続ける気はないという心情を察し、手の中でトランプをいじる。一拍置いて彼女が口にしたのはやはり仕事のことで、どうしたって自分とはプライベートな話をしたくないのだと分かる。だからこちらとしてはからかわざるを得ない。
 それにしても人妻か。そういえばあの子は人妻なのだ。当たり前のことを改めて認識する。まだ一年も経っていないはずだが、もうすっかり彼女は他人の妻になってしまった。それでも付け入る隙はないわけではない。恐らく浮気性なのだろう、むしろ待っていれば勝手に落ちてくる気配はある。紹介した男とすぐ寝ていたのは笑ってしまった。まあ彼女は姉と違いどうしても自分を友達として置いておきたいらしいから、いきなり踏み込めば逃げられるだろう。じっくり育てるのだ。

「聞いてますか」
「聞いてるよ」
「……あまりあの子に構いすぎないであげてください」
「君にも構ってあげるよ」
「じゃあ私はこれで」
「つれないなあ」

 ヒールの音を響かせて彼女が去っていく。落ちていた一枚を拾い上げ、体の興奮が治まりきっていないことに気づく。あの子の家に行く前に、適当に狩っていくか。スペードのキング。本当に似ていない姉妹だ。血まみれの服を気にすることもなく、ビルを出た。