アイスキャラメルラテ

※「カフェオレ事件」から「アイスグリーン」の間if



 あれの真意はなんだったのか。私が聞けるはずはないしだからと言ってこいつの方から喋ってくれるとは思えない。でもどう考えてもまた同じ喫茶店で向かい合っているのは失敗で、ただ座っているというだけでどれほど私が馬鹿なのかを物語っていた。今度は冷めてまずくならないようアイスを頼んだら、氷が溶けて水っぽくなっている。相変わらず体は冷える一方である。
 どうして今日もちゃんとした格好をしているのだろう。また人と会う用事でもあったのか。そもそもこの男がこうして街中にいることが奇妙だ。視線は外されない。コップを握る右手は結露で濡れている。随分長い間この沈黙が続いているような気がした。右手をコップから離しトレーの上にあった紙ナプキンで拭く。左手で包み込みなんとか熱を分け合う。組んだ手を目の前に落ち着け、張りっぱなしだった糸を少しだけ緩めた。その拍子に靴の先が何かに当たる。確認しようとする前に今度は動かしていないのに何かが当たる感覚があり、苛立ちが募る。男の足が私の膝を割る。

「ちょっと」

 思わず声を上げて顔を見た。一瞬椅子が床とこすれる音。隣の席には人がいない。何秒か目が合うが男の足は引かない。つま先が太ももの間に入ってきて、椅子に当てられる。

「旦那さん」
「……は?」
「今日はいるの?」
「な、なんで」
「気になるから」
「家を出た時にはいたわ」
「そっか。夜まで君といたら疑われちゃう?」
「……何が言いたいのよ」

 こんな会話をこの間もした。いちいち動揺してはいけない。分かっているのに、旦那という単語が出ると身を硬くしてしまう。男のつま先は動かない。目を見たくない。見たくないのに。

「分かってるんだろう?」
「何が」
「今想像した全てさ」
「言語化されないと分からないわ。あいにくあんたと違って頭が悪いのよ」
「会話を繰り返せばいいのかい?」
「……それであんたの言いたいことはなんだっつってんの」
「気をつけた方がいい」
「気をつけるって」
「離婚しないの?」
「……なんですって?」
「いつでも待ってるよ」
「離婚なんてしないわ」
「君は普通じゃないから分からないかもしれないけどさ」

 ようやく足が引き抜かれ、太ももは異物感を持ったまま弛緩する。椅子を引き頭を働かせる。私は確かに普通ではないかもしれないが、そんなことをお前に言われる筋合いはない。トランプが目の前で弄ばれている。長すぎる足をこのテーブルの下に収めておこうとしたのが間違いだったのだ。

「どうして僕からの愛は信じられないのに、彼からの愛は信じられるんだい?」
「あんたの言うことを信じるのは馬鹿のすることだからよ」
「つまりその人物の言うことにいつでも信憑性があるから君は旦那と離婚しないと思うわけだ」
「待ってよ。離婚とは関係ないでしょ」
「誰にでも愛されると思ったら大間違いだよ」
「そんなこと思ってな」
「君を好きになるには労力がいるからね」

 こいつは何を言っているんだ。いきなりなんなんだ。旦那が私を好きである可能性を消そうとしているみたいな。どんどん私を無視して論理を展開させるヒソカに腹が立つ。

「操作系は理屈屋」
「……そうかもしれないわね。だから何よ」
「シャルナークも操作系だったかな」
「シャルナーク? なんで急に」
「彼は頭のいい男だ。少なくとも君よりは数段」
「分かってるわよそのぐらい」
「君のことを言いくるめるには、君の理屈に沿うように説明してやればいいだけなんだよ」
「……それで?」
「口説く必要もなさそうだと思ってさ」
「あんた、さっきから何言いたいのか全然分かんないわよ」
「馬鹿のフリが癖になってるんだよ、君は」
「……」
「彼も僕も、君を旦那から引きはがすのは容易い。それをしないのは何故だと思う?」
「……知らない」
「無理に引きはがさなくても、いずれこちら側に落ちてくるからだよ」
「な」
「なんてね。……傷ついた?」
「は?!」
「冗談に決まってるだろう?」

 本当に意味が分からなかった。言葉が出ない。ヒソカは私と目を合わせ、いつも通りの笑みを浮かべる。何が冗談だって? どこからどこまでが、冗談だって? 呆然と今までの会話をまとめようとする私に奴はまた冗談だよ、と言った。

「簡単に人を信じちゃう君に僕からの忠告さ」

 水っぽくなってしまった私のキャラメルラテは、ストローを通してヒソカの口に吸いこまれていく。持ち上げられたコップからたれる水滴が、トレーを濡らしていく。